まぁた不思議なお題なんですの。


かなめ様に或る日降りてきた、一文。

それを料理してくださいってのが、今回のお題。


原文はコチラ


えにしは結んだ
体も重ねた


願いは成就された



縁結び


それでも貴女は私の物にはならない


神様 これは身に余る想いを叶えて欲しいと願った
私への罰ですか
罪なのでしょうか



かなめ様より『縁結び』


女性のかなめさんの文章で、対象は女性。


ヒトは誰かのモノになるんでしょうか?


なるでしょうね、意味合いは様々。

でも、誰かのモノになりたいと望んだ人間が、

なってしまうことで、叶う願いがあるとするなら。


そもそもこの命題自体が、逆説的に存在を否定しますよね。


誰かの者になって、自分の意識すら、相手に委ねるのならば。

そこで願いが叶ったと想う自分は、誰のモノなんでしょう?


つまりどう足掻いたとて、

ヒトは自分でしかないし、その悦びも悲しみも、痛みも、

自分の内側にこそ発現されるものかなあなんて。


でも、それだからこそ、ヒトは他人が何を考えてるのかを、

求めることをやめてはいけないと、僕は想います。


それぞれの身体で世界が完結しているのなら。


ヒトは本来さびしいとは感じないはず。


転じて、成そうとする事に、他人を巻き込まないはず。



その隙間を埋める資格を持たせること、持たされること、

そして、与えられること。


それが『縁』



よく言いますねえ。


誰でもいいんでしょ?


誰でも良くないことなんて、ありませんよ。


あなたの隣に居る人間が、其処に居ることは必然ですか?

僕は違うと想います。


限られた時間と、視野と、機会で。


あなたというRNAが

目の前に居る人の塩基配列に接触して、

あるDNAに結びつく、

そのDNAが、そのヒトにとってとても大事な部分を構成していたときに。


離れられなくなった、身体と心が『縁を結ぶ』。


だって塩基配列に個性はないもの。



それは、きっと時間や性別を越えたもの。


時としてヒトは、その瞬間の煌きに心を奪われるけども。


でも、多くのヒトは、その煌きを時間とともに減衰させていく。


友人であれ、恋人であれ。



本当に縁を結ぶことができる人たちが居ます。


類まれな感性と、集中力、そしてなによりの持続力。

或いは、全くの鈍さと、安定性で。

どちらにせよ、結んだ縁を持続させるたった一つの力。


『想い』。


ヒトは、一つであるときには、結ばれようとし。

番であるときは、離れていくように見えます。

きっと物理の法則のように。


それでも、月との均衡のように描かれる関係。

きっといつか月と地球は、衝突するか、離別するか、どちらなのかもしれないけど。


ヒトの目に映る、月と地球、そして太陽は、永遠ととてもよく似ています。



いずれこのお題を、架空の小説にして、かなめさんに贈らせてくださいね。


そして、今度は『縁切り』という題も書いてみたいですね。