不正解の道徳

不正解の道徳

余命が長い。

迷うときがあるから、地図を確かめパンをちぎって路上にまき進んでいます(公害)。


この公害は、3つのお約束のもと書きます。
1.記事の書直し・削除をしない
2.宣伝とウソは書かない
3.気持ちがかわって反省するときは『謝罪文』を書く

以上

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踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損ソン♪

ということで昨日の夜近くの神社のお祭りに友人を誘っていきました。




いや、本当にいいものです。


暑くて。


二人てとりあえず輪に入って、見よう見まねで踊っていくと、教えてくれるんですね。みなさん。



そして、年配の方ほど美しい舞をみせてくれるのです。





他にも音頭のいいところは、
気合いの入れ具合は個人まかせ、6割で美しく舞う女性もいれば、5割増しでアクセントを入れてくるお父様など…それぞれ楽しんでいる風景は中に入ってこそ味わえた得ですね。

踊らにゃ損ソンってことですね。きっと。




一時間半あまり踊った結果、

僕のお気に入りは
『ハワイアン音頭』
でした。




どうでもとても良いですね。



体操服におけるブルマは過去のものになっているようです。



なくなる経緯を想像しました。


女子「視線が気になる」


男子「見てねぇよ」


先生「見ちゃダメだぞとは言えません」


一部の先生「いや、私だって見てません」


PTA「ブルマが性的な言動を助長しています」


教育委員会「健全な教育環境のために変更を考えましょう」



と。




ドキッと。

なんだか想像するだけで卑猥ですね。












あ、だからなくなったのか。
小学生くらいだったと思います。盛んにオゾン層破壊や温暖化など地球環境を壊しているという授業を受けました。


不思議に思っていました。



環境に悪いものを使っているのかもしれません。

それを無くしていくことで解決するのが正しいと。


環境に悪い存在とは。



本当は何より無くしていくべき存在があるのじゃないかと。







人間は自己否定をしますが、社会は向かう社会に自己否定をできないのです。




矛盾した生活に傷ついて叫んでも、それは常に個人なのです。きっと。はい。





人の住まなくなった家はすばやく朽ちていき、原爆で50年は草木が生えないといわれた土地にはアスファルトをぶち破り雑草がのびています。



植物をみると涙が出そうになります。