文庫本835ページの大冊でした。 昭和38年に発生した「吉展ちゃん誘拐事件」に材を取っていて、警察小説と犯罪小説の2つの側面を持った群像劇です。

 

同じ時代を描いた「オリンピックの身代金」と、警察側の登場人物が共通していていました。

 

昭和三十八年十月、東京浅草で男児誘拐事件が発生。 日本は震撼した。 警視庁捜査一課の若手刑事、落合昌夫は、近隣に現れた北国訛りの青年が気になって仕方なかった。

 

一刻も早い解決を目指す警察はやがて致命的な失態を演じる。 憔悴する父母。 公開された肉声。 鉄道に残された〝鍵〟。 凍りつくような孤独と逮捕にかける熱情が青い火花を散らす──。 ミステリ史にその名を刻む、犯罪・捜査小説。 (文庫裏紹介文)

 

冒頭、北海道礼文島に住む宇野寛治という男が、空き巣を繰り返した果てに、先輩漁師に騙されて燃料切れの漁船で逃走し、命からがら本土に上陸するという波乱万丈のエピソードで幕を開けます。

 

宇野は幼い頃、義父から当たり屋の道具とされ、車にはねられ頭を打った後遺症で「莫迦(ばか)」と呼ばれていました。 このあたり、犯人側のドラマが希薄だった「オリンピックの身代金」と比べると、しっかりと描かれていました。

 

1/3ほど読み進んだあたりで、メインとなる誘拐事件が起こるのですが、ここからが長かった!

 

誘拐事件に慣れていない警察の対応は、身代金要求電話の録音にソニーからテープレコーダーを借りたり、無線もなく機動的に動けないため身代金受け取り現場で犯人を逃したり、右往左往。

 

重要参考人として宇野を別件逮捕した後も、地道な捜査が延々と続きます。 事件の先は見えているし、犯人側の事情もわかっているので少し辛かったかな。

 

オリンピックを控えた時代背景、刑事のキャラクターも含めた警察捜査、犯罪者の側の生い立ちや心理、この3者をたっぷりと描いた大長編。 読み応え十分でした。

 

とはいえ少々重苦しい読書になったことも事実です。 奥田さんには他に、犯罪サスペンスの群像劇として「最悪」、「邪魔」、「無理」という漢字2文字のシリーズ作品(登場人物は異なる)があり、私的にはこちらのほうが好きですね。