現役医師で作家の久坂部羊さんの「虚栄」です。 2月に読んだ「悪医」は、末期がん患者と余命宣告した外科医を主人公にして、がん治療の現実を描いた衝撃作でした。

 

「悪医」の2年後、2015年に刊行された本作は、国家プロジェクトというスケールアップした舞台で、がん治療を描いた文庫上下巻の大作。 巻末に膨大な参考文献が載っています。

 

2013年から2015年の間、久坂部羊さんは短編しか執筆しておらず、がん治療というテーマに傾注していたんでしょうね。

 

内閣総理大臣の肝いりで立ち上がった、凶悪がん治療国家プロジェクト・G4。 外科、内科、放射線科、免疫療法科は互いに協力し、がん治療開発に挑むはずが、四派は利権にこだわり、プロジェクトは覇権争いの場と化してしまう。

 

功績を焦る消化器外科の黒木准教授は、手術支援ロボットHALによる手術で外科を優位に導こうとするが、術後に患者が急変、死亡してしまう。 同席した講師・雪野は、ことを荒立てるなと言い含められるが。 (文庫上巻裏紹介文)

 

進行の早い凶悪がんが日本で増えつつあり、阪都大学外科(手術)、東帝大学内科(抗がん剤)、京御大学放射線科、慶陵大学免疫療法科という、最先端の治療グループが集められ、一致協力して治療法を探す国家プロジェクトがスタートします。

 

しかし、協力するどころかプロジェクト予算をぶんどるための足の引っ張り合いになります。

 ・手術はがんを取り除く安心感があるが、体の負担も大きいし、手術出来ないことも

 ・抗がん剤は手軽だが副作用も大きく、そもそもがんを完全に治すことはできない

 ・放射線治療は切らずに治療できるが、放射線に感受性のあるがんにしか効かない

 ・免疫療法は副作用がなく全身に有効だが、科学的証明されておらず、時間がかかる

 

それぞれのグループが、自分たちの治療が一番だと信じていて、他のグループをおとしめます。 一致協力とは真逆の行為なのですが、なんだかありそうな話ですね。

 

「真がん、偽がん」説をとなえる医師も登場します。 早期発見で手術し治ったがんは偽がんで、転移しないので放っておいてもOKだった。 他方、真がんは見つかった時には既に転移しており、手術しても無駄で体を痛めつけるだけ。 つまり何もしないほうが良い。

 

これはなかなか説得力のある説で、実際に提唱している学者もいるようです。

 

登場人物中で数少ない良心的な医師・雪野の言葉が印象に残ります。

 

「最近、がん研究が進んできて、がんにはわからないことが多いということが、ようやくわかってきたのです。 何でもわかるように見せかけているのは、医学の虚栄ですよ」

 

がん治療に関する知識も得られるし、ラストはがん凶悪化の意外な真相も明らかになって、医療サスペンスとしても読み応えありました!