葉真中顕さんの作品は、「ロスト・ケア」、「絶叫」に続いて三作目になります。 社会派ミステリーの傑作だった両作に比べると、本作は終戦間近の北海道を舞台にした冒険小説と言うべき作品です。

 

昭和二十年、終戦間際の北海道・室蘭。 逼迫した戦況を一変させるという陸軍の軍事機密をめぐり、軍需工場の関係者が次々と毒殺される。

 

アイヌ出身の特高刑事・日崎八尋は「拷問王」の異名を持つ先輩刑事の三影らとともに捜査に加わるが、事件の背後で暗躍する者たちに翻弄されていく―。 真の「国賊」は誰なのか? かつてない「戦中」警察小説! 第21回大藪春彦賞&第72回日本推理作家協会賞ダブル受賞! (文庫裏紹介文)

 

まず特徴的なのは、戦時中の物語では悪役の代表格である特高警察の刑事が主人公であることです。 しかし、この主人公・日崎八尋は正義感の強い、しごく真っ当な男。 こんな人物が特高という役割を負わされる時代は、やはり歪なものだったのでしょう。

 

アイヌ出身の主人公や、朝鮮人の労働者など、差別問題も濃厚に描かれるので、この方向の社会派ミステリとして描き切っても良かったかもしれませんが、文庫660ページの大作はそれだけではありませんでした。

 

身分を隠しての潜入捜査、網走刑務所からの脱獄、国家的陰謀、ソビエトのスパイ、ヒグマとの死闘などなど、エンターテインメント要素が大量投入されているのです。 ハリウッドの娯楽大作が大好きという作者の指向が反映された一作です。

 

これに加えて、軍事機密”カンナカムイ”とはなにか? 連続殺人犯の正体は? という大きな謎が全編を貫きます。 前者は途中から想像がつきましたが、後者はあまりにも意外な人物でビックリしました。

 

エンタメ要素詰め込みすぎで、「絶叫」にあったような疾走感が損なわれているような気もしますが、これだけ楽しませてくれれば十分でしょう。 お勧めです。