ノックス・マシン (角川文庫)/法月 綸太郎
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2013年の”このミス”第1位。
    
”このミス”の順位は、編集部が「読書のプロ」として認めた読書家に、アンケート回答を依頼してベスト6を挙げてもらい、その結果を集計して決めています。 すなわち「読書のプロ」が選ぶ順位なのです。
     
こうして選ばれた”このミス”のランキング作品はどれも面白く、私にとって頼りになる道案内です。 
    
特に第1位は極上の作品であり、この「ノックスマシン」以前の5年間を見ても、「ゴールデンスランバー 」、「新参者」、「悪の教典 」、「ジェノサイド 」、「64(ロクヨン) 」という強力な傑作が並びます。
     
しかし「ノックス・マシン」は、これらに比べるとかなり毛色が変わっていました。
     
2058年4月、上海大学で20世紀の探偵小説を研究していたユアン・チンルウは、国家科学技術局から呼び出される。 博士論文のテーマ「ノックスの十戒」第5項が、史上初の双方向タイムトラベル成功に重要な役割を担う可能性があるというのだ。
    
その理由を探るべく、実験に参加させられた彼が見たものとは―。表題作「ノックス・マシン」、名探偵の相棒たちが暗躍する「引き立て役倶楽部の陰謀」などを含む中篇集。 (文庫裏紹介文)
    
ひとことで言うと、本格ミステリをネタにしたパロディをSFとして具現化した作品ですね。 ミステリ作品としては、クリスティ、クイーン、カーなど、黄金期の海外ミステリが扱われ、SFとしては量子力学、相対性理論、ブラックホールなどに関する科学用語が乱発します。
     
したがって、この短編集を真に楽しめる読者はかなり限定されるでしょう。
    
(1)アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」、「そして誰もいなくなった」、「カーテン」を読んだことがある。
    
(2)エラリー・クイーンの国名シリーズ、レーン4部作を少なくとも1作読んだことがある。
    
(3)ヴァン・ダインの12作の長編ミステリを少なくとも1作読んだことがある。
    
(4)「ノックスの十戒」という言葉を知っている。
    
(5)「不確定性原理」、「シュレーディンガーの猫」という言葉の意味がなんとなく分かる
   
(6)「ブラックホール」、「事象の地平面」という言葉がなんとなく分かる
    
この問いにYesと答える数が多ければ多いほど楽しめます。逆に全部Noなら、読んではいけません。
      
この読者を選ぶという性質の作品であるがゆえ、”ミステリ読者の達人”を自認する”このミス”投票者の票が伸びるのは当然ですね。(低評価すると自分が無知ということになりかねない)
     
私もミステリ読み、SF読みのはしくれとして、上記の問いは全部Yesですし、確かにパロディ小説としてニヤニヤしながら楽しめました。
    
特にラストの短編『論理蒸発―ノックス・マシン2』で登場する、ミステリにおける”読者への挑戦”がブラックホールの特異点と同一視できるという着想のユニークさ。 そして、このバカミス的発想を理詰めで論理展開してしまうのが凄い! さすが本格ミステリ作家ですね。
   
しかし、「ノックス・マシン」は、上に挙げたような”このミス”歴代1位の普遍的傑作とは同列には並びません。 普段ミステリを読まない方なら、この作品よりも他の1位作品を読むべきでしょう。
    
一方、本格ミステリ読みなら”マニア心”をくすぐることも間違いありません。 ミステリ読み、SF読みを自認する読者なら一度は読んでおきたいですね。