完全恋愛 (小学館文庫)/牧 薩次
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牧薩次という名前にはトンと覚えがなかったんですが、実はベテランミステリー作家、辻真先さんの別ペンネームだそうです。
   
辻さんの作品は、ほんの2~3冊しか読んでいないんですが、この作品は本格ミステリー大賞受賞作にして、このミス3位の作品。 これは読み逃せないですね。
    
「他者にその存在さえ知られない罪を、完全犯罪と呼ぶ
 では、他者にその存在さえ知られない恋は、完全恋愛と呼ばれるべきか?」
     
というなんとも魅力的な文章が冒頭に置かれたこの物語は、戦後洋画界の巨匠、柳楽糺(本名:本庄究)を主人公にして、その生涯を描きます。
   
昭和20年、まだ少年だった本庄究は、疎開先の福島の温泉地で「彼の永遠の恋人」となる小仏朋音(ともね)に出会います。 やがて終戦となり、究と朋音は別れ別れになりますが、彼の想いは変わることがありません。
   
戦時下の少年期から始まって現代に至るまでの画家の一代記は、まるで大河小説のような風格です。
    
戦時下の少年期、高度成長の青年期、バブル真っ盛りの壮年期が、それぞれ「時代錯誤の凶器」、「地上最大の密室」、「究極の不在証明」という章になっており、そのタイトル通りの犯罪が行われます。
    
ミステリーの中心となるべきこの3つの犯罪トリックは、大仰なタイトルと比べてなんとも陳腐なものでちょっとがっかりするんですが、少年・究(きわむ)の恋の行方が気になってページをめくる手は止まりません。
    
そして、最終章で明らかになる真相によって、この小説が犯罪ミステリーではなく、恋愛ミステリーだったことを思い知らされるのです。 3つの犯罪の陳腐さはむしろ、この真相を覆い隠すための手段にすぎなかったのでしょう。
    
冒頭の文章から、長い長い物語が語られ、最後で綺麗に完結するという巧みな構成で、読後は切なさと共にすがすがしさがただよいます。
   
ミステリであり、恋愛小説であり、なおかつ一人の芸術家の一代記でもあるという稀有な作品。 お勧めです。