第6章 創作・随筆(第5節…創作「病院(仮題)」連載⑥) | 獏井獏山のブログ

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(三)

 明けて、月曜の朝は快晴だった。私は暦を見た。5月2日。もう、かれこれ4ヶ月にもなる。正月明けの1月4日私は津村医師から肋膜の診断を受け3ヶ月の安静入院を言い渡されギョッとした。その時の私にとって3ヶ月は思うだけでゾッとするほど長く感じられた。が、3カ月過ぎた時、私は動き回ることさえ出来なかった。部屋の人々は6カ月は掛るだろう、と云っていた。私はもう病院が嫌で嫌で仕方がなかった。が、そう思う一方で病院生活に慣れてきている自分に気付いてゾッとした。私が最も恐れたのはこれなのだ。病院に慣れてしまって何時の間にか闘病を忘れてしまう事が一番恐ろしかった。そうならない為にも早く退院しないといけないと思った。しかし6カ月もの長い間、私はこの心境を保ち続ける自信が無かった。

 

 …私が慎吾を知ったのは入院2ヶ月目に入った頃だったある晩、廊下を大声で唄いながら外から帰ってきた男を私は見た。その頃、カーテンで隔離されていた私は609号室に闖入してきた隣室(610号室)の患者をカーテンの隙間から見た。それが慎吾を見た最初だった。彼は酔いに任せて色々面白い事を云ってから陽気に部屋を出て行ったのを思い出す。…あれから既に4カ月の日が流れようとしていた。

酒好きの彼とは看護婦の目を盗んでよく飲みに行く。2日前に天満橋の居酒屋で飲んだばかりだった。ふと私は慎吾の様子を見に行こうという気が起った。

 慎吾は何もする事が無いといった風に窓外を眺めて物思いに耽った様子をしていた。「オオッス」と私は声を掛けて慎吾のベッドに腰を下ろした。慎吾は物憂そうに私の顔を見たが微笑わなかった。その顔面には疲労の色がありありと浮んでいた。「映画でも行かないか。」と私は慎吾を元気付ける為に云った。「えらい、えらい。」と慎吾は一言云っただけだった。彼の二日酔いはどうやら三日酔いに延びたらしい。2~3ヶ月ぐらい前までの彼はこんなことが無かった。彼は日一日と酒が弱くなっていくように私には思えてならない。それは取りも直さず彼の病状の悪化を示しているのだ。私はそんな彼をどれだけ窘めたことか…「大酒は止めろ。」と。その甲斐あってか、以前に比して飲む量が減るには減った。が、それよりも近頃の彼は明朗さを欠いていた。酒を飲んでも今までのようには騒がない。6月に入ってから以後の彼は酒を飲んで二日酔いをしない事が無かった。酒に楽しむべき彼は今では酒に苦しんでいた。が、彼は決して酒を止めようとはしなかった。こんな事を云っている私にも責任がある。何故なら、彼から酒の誘いがあれば応じるし、次は私が飲みたくなった時ついつい彼を誘うのだ。看護婦の目を盗むことに熟達した2人はこうして週に1度は病院を抜け出して飲みに行っているのだ。

 

(四)

 私はマイシンを打ってから外来へ行った。 (続く)