我半⑧「公務員」(10) | 獏井獏山のブログ

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【公務員中級職試験・下】

 往き帰りの通勤電車の中、食事の間は勿論、勤務時間内でも手透きの時、そして酒を飲んでいる間も片手には何時も「問題集」があった。

その頃会計係員だった私は係長の稲掘さんとよく飲みに行ったが、その都度、「オイお前、生返事ばっかりして、ワシの話聞いとるんか。酒飲んでる時ぐらい本読むの止めぇ、味ないわ。」と云って叱られていた。

これも一種の照れ隠し、或いは見栄っ張りだったかも知れない。私としては受ける以上は合格してやる、という気持だったので、たとえ1冊の問題集とはいえ真剣に取り組みたかった。…といっても付き合いを断り酒を断ってまでして受からなかったら恰好が付かない。叱られてもこうするほか無かったのである。若し落ちても「やっぱり酒は味よく飲むに限るな。柄にもないアホな真似はもう止めた。」と云って誤魔化すことまでその時考えていたのかも知れない。或いは生来好きな酒は一時的にも手放せなかったのかも知れないが、その辺のことは今となってはよく分からない。

何れにしろ誰と呑んでも同じく一徹を貫き通して受験までに読み終えた「問題集」はボロボロになっていた。

 

こうして愈々受験の日を迎えたがその年は駄目だった。一緒に受けた2才上の西田氏や1才上の加田氏も落ちたので気は楽だった。

その時はもう来年は止めようと思っていたが、大学の夜間部で卒業を来年に控えた先輩2人も落ちたことで気後れが無くなっていたので、もう1年だけ試してみようという気になった。

受験勉強も2年目となって少しマンネリ気味だったが、相変わらず酒呑みながら「問題集」と睨めっこで1年間を過ごして次年の試験に挑戦したのである。

結果発表の朝の出勤途上、「局」の近くにあった人事院大阪事務所の玄関に貼り出された合格者一覧の貼り紙を見て一瞬ウソ!と思った。自分の名前が載っていたのだ。まさかと十中八九諦めていたので吃驚したが、又こんな嬉しい思いをしたこともなかった。

 

私は次年度当初に改めて「中級職」で採用されることになり、同年5月に本省の付属機関であった能率調査班に1年間の実地研修という形で勤務することになった。

 

「局」の総務課会計係員だった私はこの年の3月時点では大蔵省の会計事務担当者専門研修に4月から行くことが内定していたのだ。

その矢先に本省から「局」に対して、前年度の能率調査班の研修を終える地原氏に代る研修生を人選するようとの指示があり、私に打診されたのである。

私は当時よく一緒に飲みに行っていた鈴村さんや植木さんに相談した。すると2人は口を揃えて「そりゃ、将来性から考えても能率調査班をとるべきだろう。」といったので、そっちに行くことに決めた。

このことが後に私が「局」の「調査業務」に携わるキッカケとなったのである。