【大阪百貨店・実習記】…5
(実習期間の事々…続き)
昼食を済ませて事務所に集まって、いよいよ売るのかと思っていたがそうではなかった。売場に立ったのは、スポンサーに依る百貨店内の説明が済んでから、時間にして午後1時過ぎからだった。
私の売場の長の在田という女の人に売り場の商品を一応説明して貰って立つには立ったが全く要領を得ない。ただ、ポツンと立っているだけだから気兼ねで堪らない。後で考えると、そんなことには何も気兼ねすることも無かったのだ。客が来ない以上、客が来るのを待って立っているのが我々の使命だった。
使命を果たしているのだからそれでいいのだったが、そんなことが分からない新人の私は、同じ職場で私の隣に立っている女学生が2,3度売り上げたのを見ていると心が落ち着かない。
…私が最初に客に当りついたのは立ってから約20分もしてからだった。
それまでの間、何をしていたかというと、これといって何もすることがなく立ってばかりいられないので包装紙を出し、空っぽの箱を持ってきて包装の練習を少ししていたのである。包装もなかなか難しいもので、見ているように上手くいかない。
私の売場の枠内には6人の女の人(実習生を除く社員3人、問屋回し3人。詳細は後述)が居るが、その人たちは実に親切で、こうして包むのよ、と代わる代わる手に取るように教えてくれた。それでもちょっとやそっとで包める程のものではない。その夜、私は家で12時まで練習しても、翌日の包装がまだ緩かったぐらいである。
…さて話を元に戻して、まぁそんなことをして20分程の時間が過ぎた頃、1人のお客様が、重ねてある紳士肌着クレープシャツの上を取って身体に合わせているので相手にならない訳にはいかないと思い、その客に向って「いらっしゃいませ」を思い切って云ってみた。が、その声が余りにも小さいのに気付いて自分の顔色の変わるのを覚えた。私の云った「いらっしゃいませ」が聞こえたのか聞こえないのか、どちらとも保障できないが、お客様は私の顔を見てから「これを上下くれ。」と云ってポケットに手を入れた。ここで一言「ありがとうございます」と云うのが当り前なのだが、私はそれを省いて「慌てて値札を見ながら「上下で700円頂きます。」と、今度ははっきりと云った。これが最初の売り上げである。 (続く)