今年は紅葉見に出かける?
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今日は木の日です。
由来は
漢字の「十」と「八」の字を組み合わせると「木」になるため、毎年10月8日を「木の日」とすることを日本木材青壮年団体連合会が1977年に提唱したことが由来となっており、令和3年10月1日に法定化されました。
(ネットより引用しました。)
山と海に挟まれた
小さな狭い町に
住んいるので
山に紅葉を見に
行かなくても
近くにある
連なる山を眺め
里から紅葉を観て
楽しむ事ができます。
山頂から
次第に少しづつ
色づき始め
赤く染まる景色を
観察するのは
面白く楽しい。
変化して行く
途中の姿は
美しいです。
今は、まだ山には
緑が生い茂って
います。
紅葉までは未々かな🤔
いつも車で
通る道は
春になると
桜並木が続く道。
桜が散っても
葉は生い茂り
残っています。
桜の木の葉は
落葉樹です。
(ネットから引用しました。)
落葉は、寒さが厳しい冬か、水分の乏しい乾季に起こります。 葉には、光合成を行う働きの他に、根から吸い上げた水分を葉の気孔から蒸発させる働きがあります。 寒さが厳しく水分を十分の吸収することができない冬に葉を落とすのは、水分不足で枯れてしまわないためです。
これから次第に
桜の木の葉は
次第に赤く
色づき最後は
枯れて散って
しまいます。
枝だけになる
のです。
これから
木枯らしが吹き
雪が積もる季節
になります。
葉が散ってしまい
枝だけの姿を観ると、
なんだか
寂しい気持ちに
なるけれど
来年の春に向けて
土の下の見えない
場所で根っこが
頑張り木を支え
てくれている。
桜の木だけ
ではない
名も知らない
山の木にも
根っこがある
のだ。
人間だって一緒。
なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
怒りをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが ふかくなり
いのちの根が ふかくなる
相田みつを『 いのちの根 』より
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
怒りをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが ふかくなり
いのちの根が ふかくなる
相田みつを『 いのちの根 』より
(ネットより注解の
一部を引用しました。)
相田みつをさんが語る「眼の色が深くなる」ということは、
人間の内面が深くなるということでしょう。
人間の内面が深くなるということでしょう。
「いのちの根」が深くなる、というのは
その内面が強く逞しくなるということではないでしょうか。
「根」は目に見えません。隠されています。
もっとも大切なところにしまってあるものです。
「自分にとって一番大切なものは自分のいのちなんだよ」と言われるように
相田みつをさんにとって「いのち」というのは最も尊いもの。
この「いのち」というのは、ただの生き死にの命ではなく、もっと大切なものを表すような気がします。
その内面が強く逞しくなるということではないでしょうか。
「根」は目に見えません。隠されています。
もっとも大切なところにしまってあるものです。
「自分にとって一番大切なものは自分のいのちなんだよ」と言われるように
相田みつをさんにとって「いのち」というのは最も尊いもの。
この「いのち」というのは、ただの生き死にの命ではなく、もっと大切なものを表すような気がします。
その「いのち」の「根」というのは、一番大切なものの中でさらに奥に隠してあるもの。根源となるもの。存在の意義ともいえるもの。
「いのちの根」を「魂」と置き換えることができるのではないでしょうか。
見えないけれども、深くすることのできる「いのちの根」とは、ひとりで育むものではなくて、人との関わりの中で育ててもらっているような気がします。
「いのちの根」を「魂」と置き換えることができるのではないでしょうか。
見えないけれども、深くすることのできる「いのちの根」とは、ひとりで育むものではなくて、人との関わりの中で育ててもらっているような気がします。
「かなしみ」「くるしみ」「批判」「屈辱」そういったものは
一人で感じたのではなく、人から与えられたもの。
しかし、そういうものを肥料としながら、美しい「いのち」の花を咲かせるのです。
それは見えないようで、あなたの目の輝きの中に深さの中に
表れるようになっています。
誰も見ていないところであなたの流した涙、黙って押さえ込んだ愚痴や言い訳や怒りが、あなたの「いのちの根」、あなたの見えない品性を高め、魂を輝かせるのです。
一人で感じたのではなく、人から与えられたもの。
しかし、そういうものを肥料としながら、美しい「いのち」の花を咲かせるのです。
それは見えないようで、あなたの目の輝きの中に深さの中に
表れるようになっています。
誰も見ていないところであなたの流した涙、黙って押さえ込んだ愚痴や言い訳や怒りが、あなたの「いのちの根」、あなたの見えない品性を高め、魂を輝かせるのです。
生きていたら
なんでもありです。
自分の感情に
振り回されて
失敗する事が
ある。
自分が経験した
事を肥やしに
して自分自身の
命の根を
成長させることは
とても大切だと
分かりながらも
それが
難しく困難に
思えてしまう
事があります。
一番、大切なのは
上手く行かなくても
諦めない事かな🤔
少しづつでも
根を伸ばしながら
強くなりたい
生きる辛さに
泣く日も
たくさん、
あるけど
笑顔を忘れずに
リラックスして
焦らない。
自分の歩みで
良いから
成長する事が
できたら良いな
と想います。
少しずつ少しずつ努力していると、ある日とんでもない奇跡が起こるものです。奇跡を起こしたかったら、あせらずに少しずつ気長にジワジワと努力することです。リキまない。あきらめない。気長に少しずつ。少しずつ。
— 斎藤一人さん【毎日更新♪】 (@HitoriSaito) 2022年10月7日





