母のその姿にすぐ父親とお兄ちゃん達に連絡した。すぐ母は入院となり、次男の兄(自衛隊の管理職)が仕事を休んでずっと看護することとなった。
私は相変わらず受験の真っ最中で、みんながその私を気遣い、母の病気のことは一切言わなかった。ただ風邪で肺炎になったとしか、、すぐ退院できると、、
私はその言葉を信じ、母の為にも絶対いい大学に入ろうとそれ以上頑張っていた。
そのある日、兄から母から会いたいと電話がきた。
感染予防のため、面会が禁止されていたので、私はとても嬉しく母のところに。
その時の母の姿は一生忘れられないだろう。
二週間余りで、痩せ細くなった顔と体
口の中は薬なのだろう、紫色になっていた、
わたしを見るなり泣き叫んだ母、
それでも私は母がもうすぐ家に戻ると信じていた。母も[大丈夫だよ。もうすぐ退院できるから。勉強頑張って]と帰り際に笑顔で言ってくれたので。
後で思えばおかしかったこと沢山あったがその時は全く疑いを持たなかった。自分のことしか、、一人娘だったのに、、何も気づいてあげずごめん、、[オンマ!ミアンへ]
入院してからちょうど1か月、、、