東京京都行ったり来たり…… 古希!

乗ってみたくて仕方がなかったから、サンライズ瀬戸に乗ってきた

 

シングルベッド室は予約が取れなくて、ソロベッドに変更。 良かったのは上段がとれたこと。

チラリと見ただけだけど、下段は広さは同じでも狭苦しく見えた

寝台車に乗るのは50年ぶり位。 

 かつて金沢に行くのに使った寝台車は上段下段は同じでも、各ベッドは薄いカーテンの仕切りだけだったので、今回もそれを予想して少し慄いていたが杞憂だった。

  早速ドアを開けて入ってみる。まず鍵をかけられる。 スリッパと寝巻が用意されている。荷物を置くスペースがある。 コートハンガーもある。 

 ベッドの高さは150㎝位だろうか。階段の蹴上げが高い、30㎝位ありそうだ。そして階段の幅の狭いこと!40㎝くらいかも…

階段を上ってから90度、体の向きを変えなければベッドに入れない。これは太ったらベッドに上がれない。

なんとかベッドに上がってみればそれなりに快適。コートを掛け、荷物を置き、飲み物を広目の窓枠に置く。 換気口から噴き出してくる風を止め、あちこちのスイッチを試し押しをする。ブラインドを下げて手持ちの寝巻に着替える。備えつけの寝巻は紐一本のガウン状なのでガウンとして着させてもらう。

 まだ通勤客が残っている時間帯なので窓の外を見るのは遠慮して、11時過ぎまで本を読んだ。

ようやく人が少なくなった所でブラインドを全開して窓外の風景を楽しむことにしたのだが、昔の夜行と違って外灯が多くて風景が明るい。旅情という気分がやや遠のいた。 それでも列車の心地よい振動で眠くなるのも早そうだ。ベッドの寝心地は悪くない。

室内灯を消して仰向けになり、天井まで広がっているガラス窓の風景を堪能する。

 

月と星と雲を、寝たまま、見続けて動く。 なんて贅沢なんだろう!

 

 

 

 

今朝 朝食後に妻籠の「つちや」を出た

名も聞かなかった同宿の千葉の男の人と一緒に中山道を歩いた

馬込に着いたのはほぼ一時。 藤村記念館、郷土館と見てはみたが、あまりの「藤村」「夜明け前」を全面に打ち出した陳列に嫌悪すら感じる。

峠のずっと下の茶屋で長くて見事な髭のおじいさんが色々世間話をしてくれた。 面白かったのでつい70円の傘を買ってしまった。

次の茶屋のおばあさん。やはり世間話をしてくれて250円散在してしまった。 もう寄らない!と思った

「槌馬屋文書館」入場料100円。そこのおばあさんの素朴な語り口調が気に入った

夕方「民宿 中扇屋」に着いた。その日は他に5人の客。初老の御夫婦と息子さん。息子さんの友達の二人の女性。

明日 高山祭りがあるから高山にまわると言う。「車だから一緒にどうか?」とおっしゃってくれた。早速とびついた。

財布の中身が心配だけど、あと一日の宿銭くらいは持っている

 

 

 

 

山あいの土地は、日の沈むのが早い。 しかしなかなか暗くはならない。ここ木曽谷もそうだ。

太陽はその威力と権威を人だけでなく木々にも草の一本一本にも、さらには流れる水にさえも知らしめようとするかのように,ぐっと睨みつけたまま姿を隠す。

見えなくなっても、その影響は残り木々はうなだれ草はシュンとしたまま明朝を待つように見える。

 面白いのは沈む前、太陽が山の端にもかかってない頃である。幾分黄色みを帯び始めた光が林にそそがれる。すると木々は一斉に活気を帯びる。それまでじわじわと草木にかかっていた弱々しい影が免罪符を得たかのように黒ぐろと強くなるのである

地面にはりついた草は、遊びすぎて帰る子供のようにしゅんとしてしまい、あたりには夜がたちこめてしまった。

たちこめた重い夜に対抗するように歌ってみたが、小声になってしまった。

 太陽だけでなく、暗闇にも妥協してしまった。

 

いま ひとつ 蝉の声

夜をはぐはぐ蝉の声

こっそりふるえる蝉の声

 星の光の鋭くて

 冷たくて重くて

 冷たくて重い

すわっているのは羊歯の上

サカゲイノデが大きく欠伸して

妙になまあったかい息を吐いた

 

 

鈍行が動く

ゴトン ゴトン ゴトン

ゴトン ゴトン ゴトン

 日がのぼる

 ユラ ユラ ユラ

 ユラ ユラ ユラ

猫がなく

にゃご にゃご にゃご

にゃご にゃご にゃご

 人が歩いてく

 一、 二 、三、

 一、 二、 三、

クルマが動く

カタ カタ カタ

カタ カタ カタ

田舎の、田舎の無人駅

速い列車は通り過ぎ

のんびり鈍行

シュッ シュッ シュッー!

 

 

 

電車に乗っていました

雪が降っていました

東京の下町でした

 つと大きな呻きが聞こえてきました

 犬が遠吠えしているような

 悲しみがそれ自体 声を上げているような

 大きな大きな悲痛の叫びでした

誰が泣いているともわからず

何が声をたてているとも分からず

どこまでも続く平らな街を見ていました

 

 

 

二泊三日でオホーツク海ツァーに行ってきました

出かけても記述することが面倒になってきた昨今ですが、オホーツク海は面白かったので記録しておきます

 

18日に女満別空港に午後に到着。直ぐにバスで紋別へ。

紋別の乗船場からガリンコ号で海へ乗り出した

流氷が到着したのが前日ということなので砕氷船は海水を蹴立てて進むのだろうと予想してたが、

何と、氷がたくさん浮いていて、ガリンコ号のドリルは氷をかき回しながら進んだ。

畳くらいの大きさの氷がガリンコ号が作る回転によって寝返るように回り、乗用車より大きい氷と分かったのは感動。

そういう氷を見ながら周遊して元の所に戻った時は、満足感いっぱい。

 

翌日は朝からバスで網走に移動。 午前中にオーロラ号に乗船。

途中までは海上クルーザーと同じで、デッキに居ると寒いという違いしかなかったが、沖に出れば氷の上と静々と進んだ。

氷に乗り上げて砕くというのはデッキからでは見られなく、少々退屈。

 

午後からはウトロに移動。 本命の流氷ウォーク。

ガイドさん達の手助けでドライスーツを着込み、歩き始めた。 

ドライスーツはゴワゴワしていて膝や股関節が動かしにくい。でも負けずに歩く。

氷が着いたばかりで私達が最初か二番目の流氷ウォークだったらしい。

全面結氷ではなくシャーベット状の所が多々あって、大股で歩かないと確実に足が氷の間に嵌まる。

大股に歩いても氷の端に乗ってしまえば落ちる。

ドライスーツは偉い! 氷に浸かってしまっても全然冷たさを感じさせない。

一度落ちてしまえば怖くなくなって、たびたび落ちては這い上がる。

自分だけで這い上がれなければ、ガイドに助けてもらう。

キャアキャア、わぁわぁ言いながら大笑いした。 こんなに楽しいのは何年ぶり?

疲れて来た頃に終了。 ドライスーツを脱いで満たされた思いでバスに乗った。

 

三日目、野付半島でたぶん波打ち際の氷の上を歩いて、白い世界で写真撮影。

年期のいったお姉さんガイドがシャッターを押してくれた。

ここではスプーンに乗った写真を撮るのが定番らしい。

これはこれで面白かった

その午後、バスは吹雪をついて女満別空港に向かった。

バス到着が予定より遅かったけれど羽田からの便が遅れていたので問題なし

 

学んだこと

・流氷は着岸した後も風向きによっては、再び海に戻ってしまうこと

  そういえばガリンコ号に乗った翌日の朝、流氷が水平線に見えなくなっていた。行ってしまったのだろう

・流氷は海水が凍るのではなく、アムール川の河口にできた氷が流れ着いているということ

・このツァーには75歳という年齢制限があったので、私を含め70代前半の参加者が思ったより多かった。みんな元気だなぁ

 

今年の、この時期に、すべての流氷イベントができたのは、奇跡的に運が良かった……と添乗員が言っていた

 

 

 

 

「聖お兄さん」が面白くて漫画も好き。 

でも映画「聖お兄さん」の口コミ評があまりにひどかったので、何が起きたのかと満々の好奇心を持って見に行った。

 

内心の期待通りに面白かった。 何回もクスクス笑った。

つまらないと評した人は、キリスト様とブッダ様が高円寺あたりの狭い部屋で同居してるという設定に惹かれて見に行った人だと思う。

ガンダム、エヴァンゲリオン、日曜朝の戦隊ヒーロー、デスノート、勇者ヨシヒコ等 を見てなかった人には分かりにくいギャグが散りばめられていて、知っていればクスッと笑ってしまうことは必定。

 

さらにブッダ様とキリスト様の逸話を知っていれば、もっと笑える。

例をあげれば、くじ引きで小さいティッシュばかり貰ったイエス様が「ジーザス!!」と叫ぶところで私は大笑い。

「ちくしょう!」みたいな意味合いで使われるジーザスを、当人が言う?!

 

加えていえば、普段はクールな役をしている役者さん達が全力でヘンなことをしているのを見て楽しむ映画だとも思う。

 

平日の朝に最後列をたったひとりで占領していたので、マスクいらずで、心置きなく大口開けて笑えました。よかった!

 

小さい少女だった頃から高橋真琴さんのイラストに憧れていました

真似をして描こうとするのだけど、9歳の子供に真似できるものではなく、描けない~!と泣きました

その後も風邪をひいて学校を休んだ時に、布団の中から身を乗り出して描いていて、母に叱られました。60年以上も前のことです。

 

高橋真琴さんの絵を見るたびに、子供時代の色々な幸せをほんの少し思い出せて嬉しかったのです。

銀座の個展だけでなく、兵庫県の夙川での個展に行かせてもらい、葉書が溜まりました。

大事に仕舞い込んでいた額絵を掛けようと思います

 

子供の頃だけでなく老齢になるまで美しい思い出をくださった高橋真琴さんに感謝しながら、

ご冥福をお祈りいたします

 

毎日20通以上の詐欺メールが届く

Amazon、ヤマト、JCBカード、エポスかード、イオンカード、東京電力 etc.

 

送ってくるのはAIだろうから楽でしょうが、こちらは判断しながらなので、毎日消去するのが面倒くさい。

なんとかならないのだろうか?

 

 

5年前に退院したもののステロイドたっぷりの投薬ですっかり筋肉が弱っていた。

ふと思ってケンケンをしてみたら、片足ケンケンどころか1センチ飛び上がることさえできない。

いや、両足でジャンプすることさえ怖かった。

これでは雨の日の小さな水溜りさえ避けられない。

で、訓練し始めた。

 

 まずキッチンの調理台と食器棚を両手で掴んで、5センチ位のジャンプ。

慣れてきたら同じ体勢で片足ずつのジャンプ。

数日繰り返して、掴む手を片手ずつにして、小さなジャンプ。

 両手を放してジャンプすると下の階に音が響くから、玄関ドアの外で小さなジャンプ。

次いで高さ3センチ位の片足ジャンプ。

地道に訓練してきたら、今や片足で30センチ位の距離のケンケンができるようになった。

80センチ位の水溜りなら飛び越えられる。

 

71歳の ワタシ 凄い!

 

筋肉が弱っていたからこそ分かったことは、ジャンプするには背筋がおおいに働いている。

 (両足ジャンプを5回位ためしてみたら、次の日に背中に筋肉痛が来た)

ふくらはぎの筋肉も重要。 片足ケンケンには足底の小指側筋肉にしっかり重心を乗せる気になると跳びやすい。

 

   …… さてと、あとは持久力だな ……

 

 

久しぶりに自分のアメブロを開こうとしたら

消去または移動してます 

と出てきた

色々遠回りして漸く開いたもののホームをクリックすると

関係ない方のブログが開いてしまう

どういうことなのかしら?

 

でもまあ、こうやって書き込みできるようになったから

ま、いいや

森 博之さん演ずる日本軍将校と酒を飲むシーンで、ワン・イーボーさんが

「天皇陛下バンザイ」と言ったとき、一瞬背中を寒む気が走った。

なぜだろう?

天皇制に反対する気はないし、昭和天皇もその後の天皇も好きなのに……