芸術家の例として、画家を考えてみます。画家が写生をするときの脳の情報の流れを考えてみます。

 

目からの情報は視床から後頭葉の視覚野に送られて、一次視覚やで外界からの視覚を捕らえます。その視覚は視覚に関する脳の情報単位まで分解されます。その分解された視覚情報が脳の島と言う領域で、色や形態、空間などから際合成されて脳内の視覚情報として前頭前野に送られて視覚情報を認知(意識に上っていない)されます。この情報の伝達をボトムアップと表現します。

 

その認知情報は運動連合野から運動野に送られて、絵筆を動かすことになります。島からの情報は同時に大脳辺縁系の扁桃体に送られて、情動評価されて、感動として体全体に表現され、また絵を描き続ける接近系を生じます。

 

その感動は海馬に送られて、その感動した対象の姿を頭頂葉から側頭葉に掛けて記憶します。これらの過程は無意識に行われます。

 

何かの理由で意識が機能をしたときに、画家はその絵の対象が感動に値することを意識します。意識をすると、その情報は海馬の記憶機能を高めますが、その仕組みは分かりません。

写生でなく、画家が頭に描いた絵を描くときには、前頭前野からトップダウンに脳の島の領域を経て、後頭葉の視覚野に送られて、一次視覚野まで送られて、ちょうどその絵を見たのと同じになります。つまり画家は見ていないけれど見ているのと同じ視覚情報で絵を描くことができます。写生と違うところは目にその絵の内容が映っていないだけで、脳の中では同じ神経回路が機能をしています。

 

この絵を描くとき、画家にとって写生をしているのか、頭に描いた絵を描いているのか、脳の機能からいうなら違いがありません。ただ、画家は写生をしたか、頭に絵がいた絵を描いたのか区別します。しかしその区別ができなくなった画家は精神疾患を持っていると判断されるようになります。

 

このように優れた画家ほど、精神疾患を持っていると誤解されやすいのです。しかし著名な画家担っていると、それは精神疾患と理解されなくて、性格が異なっている人として画家は守られますが、著名でない人は精神疾患を持っているから治療をしないといけないとなってしまいます。