>息子は小学5年生から不登校、引きこもりの17歳です。現在は昼夜逆転、自分の部屋でもっぱらゲームばかりのゲームオタクです。
きっと今まで息子さんとお母様との間にいろいろな確執があったと思います。お母様は其れに良く耐えて、息子さんのFCRの働きをここまで弱めてくれました。
>カウンセラーに、息子に登校刺激を与えないで部屋に閉じこもり、ゲームに没頭するとそのうちにむすこに動きが出てくると言われて、その言葉を母親は信じられなかったけれど、そのカウンセラーのことばにしたがって、息子が動き出すことを信じてその時を待ち続けていました。
お母様として納得できなかったけれど、お母様の母性が機能をしていたので、お母様は息子を待ち続けることが出来たのだと推測されます。
>最近息子の同級生が高校に進学する話しを耳にしたり、元気で通学している姿を見ると、本当に今の息子でいいのかどうかを悩んでしまいます。
お母様の知識の中で、社会常識と息子さんのありのままを認めようとする思いとが確執しています。其れは仕方が無いことですが、それでも未だ母性が勝って居るようですね。母親としてここまで母性が機能をすれば、息子の心を守ることが出来ます。
>現在息子は荒れることもなく、仕切りとゲームに熱を上げているので、母親が耐えきれなくなって、先日息子に「ゲームばかりをして居てどうするつもり?父さんも母さんも、やがてしんでいなくなるよ。一人でどうして生きていくつもり?」と言ってしまいました。
この部分が母親の常識が母性を凌駕したのでしょう。母性という観点から言うと大失敗です。しかしこの大失敗を教訓にして、今後のお母様が息子の心に沿った対応の仕方をなさると、失敗を取り戻せます。息子の心を元気にするのに役立ちます。今後息子の心に沿った対応で、息子の心に大きな影響を与えると思います。
>息子の姿、表情はいっぺんに変わって、「このババ-、死ね!」と言って母親に向かってゲーム機のリモコンを投げつけました。
息子の心にあるFCRが機能をしたからです。
>息子は殴りかかってきましたから、母親は慌てて家を飛び出してしまいました。
これ以上FCRを機能をさせない。母親の身体的な安全を守るために、母親の対応はそれで良かったです。
>また大失敗をしたと気づいた母親は、しばらく買い物をして時間を過ごし、家に帰ってみると、息子は別のゲーム機でゲームをして居ました。
息子に母親の存在は絶対に必要です。息子も母親の母性を求めています。今後母親が息子の心のFCRから息子を守る対応をすると、母親のこの失敗は息子から許されます。
>このようなことは以前も経験していたので、カウンセラーのアドバイスと以前の母親の同様事柄からの経験から、夕食を作って食卓に起き、夫婦の部屋に引きこもっていました。父親が帰ってきても、父親が食事を終えると、直ぐに夫婦の部屋に引きこもってもらいました。母親は居間から息子の部屋にかけて、地獄の世界を想像していました。
不登校問題の解決は、今までの大人が持っている常識と大きく異なります。まず母親が息子の心にあるFCRの存在をしっかりと認識して、FCRの反応を弱める対応はどうすれば良いかを、息子から学習すれば良いです。
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息子は小学5年生から不登校、引きこもりの17歳です。現在は昼夜逆転、自分の部屋でもっぱらゲームばかりのゲームオタクです。
カウンセラーに、息子に登校刺激を与えないで部屋に閉じこもり、ゲームに没頭するとそのうちにむすこに動きが出てくると言われて、その言葉を母親は信じられなかったけれど、そのカウンセラーのことばにしたがって、息子が動き出すことを信じてその時を待ち続けていました。
最近息子の同級生が高校に進学する話しを耳にしたり、元気で通学している姿を見ると、本当に今の息子でいいのかどうかを悩んでしまいます。現在息子は荒れることもなく、仕切りとゲームに熱を上げているので、母親が耐えきれなくなって、先日息子に「ゲームばかりをして居てどうするつもり?父さんも母さんも、やがてしんでいなくなるよ。一人でどうして生きていくつもり?」と言ってしまいました。
息子の姿、表情はいっぺんに変わって、「このババ-、死ね!」と言って母親に向かってゲーム機のリモコンを投げつけました。息子は殴りかかってきましたから、母親は慌てて家を飛び出してしまいました。また大失敗をしたと気づいた母親は、しばらく買い物をして時間を過ごし、家に帰ってみると、息子は別のゲーム機でゲームをして居ました。
このようなことは以前も経験していたので、カウンセラーのアドバイスと以前の母親の同様事柄からの経験から、夕食を作って食卓に起き、夫婦の部屋に引きこもっていました。父親が帰ってきても、父親が食事を終えると、直ぐに夫婦の部屋に引きこもってもらいました。母親は居間から息子の部屋にかけて、地獄の世界を想像していました。
母親に理解できない理由で子供がを休む時、親や大人はその原因を見つけて、それを解決して子供が学校に行かれるようにします。その原因とはFCRでないことが多いです。しかし証拠はないのですが、不登校の子どもの対応をして居ると、経験的に、親や大人が見つけた子供が学校を休む原因の大半は、FCRの反応の結果と考えられます。
FCRが反応をした結果、親が見つけた原因(子供が学校に行かれなくなった、行こうとしなくなった原因と親が判断したとしても)になっています。つまり親や大人が見つけた子どもの心が辛くなった原因を突き詰めていくと、その原因がFCRと関係ないと考えられても、そのまた奥底でFCRからの辛さ、FCRの反応に行き着くのです。
この事実は親や大人には信じられないかもしれません。けれど子供が学校を求める本能はとても大きくて、学校生活の中で請じる大半のことから生じる辛さは、子供が学校を求める本能より遙かに弱いのです。元来FCRも最初から子供が学校を求める本能より遙かに弱いのです。けれどそのFCRを繰り返し経験することで 「FCRから生じる辛さの相乗効果」 を生じ、最終的に子供が学校を求める本能より大きくなってしまいます。
ここで指摘したいことは、
1)学校内で生じた子どもの心の辛さFCRに親や大人が気づかないで子供を学校に行かせ続けるとFCRの反応が相乗効果を起こして段々強くなっていきます。
2)学校内で生じた子どもの心の辛さ例えば先生が子供を叱る、学級内でのトラブルで子どもの心が辛くなる、誰かにいじめられて子どもの心が辛くなる場合、園問題が親や大人、教師が解決したと判断しても、子どもの心は辛いまま(完全に辛さがなくなっていない)の場合、その辛さはFCRの反応は相乗効果を生じて、子どもの心の辛さが子供が学校を求める本能より大きくなります。親や大人には理由がなく子供が心を辛くしていると理解している場合です。
子供があたかもずる休みをするかのように学校を休む場合、まるで五月雨のように学校に行ったり休んだりする場合、ある期間学校を休む場合の子どもの心の状態です。
母親に理解できない理由で子供が学校を休むと言うことは、子どもの情動で学校が恐怖の条件刺激(不登校で心が辛い子供よりもっと軽い。FCRの反応が不登校で心が辛い子供のFCRの反応よりかなり弱い。)になっているから、学校に対して回避行動をしたのです。子供の言葉で表現するなら、今日は学校に行きたくないから行かないという程度の、学校への拒否反応です。
FCRの反応の強さ >= 子供が学校を求める本能
ですからFCRの反応の強さがすこしだけ弱まったなら、子供は学校に行かれますし、すこしだけ強まったら、親から学校に行きなさいと言われても、学校に行かれなくなります。
FCRは刺激されないと、時間の経過で弱まります。それだけでなく、子どもの心がゲームなどで楽しくなると、その楽しさでFCRの辛さが相殺されて減少をして、子供は学校に行かれるようになります。また、母親から子供が学校に行かない状態、子どもの心の辛さを認められると、それだけでFCRの反応が抑えられて、子供は学校に行かれる心の状態になります。
親が子供の不登校に気づくのは、子供の心のFCRが子供が学校を求める本能以上に、少しでもなったとき、そのために子供が学校に行こうとしなくなったときです。これは必ず成立します。その際に親が親が知っている理由をつけて子どもの心の理解を使用とすると、一見それが正しく見えるような反応を子供がすることはあっても、その後子供が全く学校に行かなくなって、それ以後の対応に母親は悩むことになります。
子供を不登校から守るには、この子供が理由もなく学校を休むことを含めて、子どもが五月雨的に学校を休むようになったときに、子どもの心にあるFCRに注目して、そのFCRの反応から子供を守る必要があります。母親としていろいろな理由が考えられても、子供に安心して学校を休ませ、食事や昼夜逆転などの生活の乱れも正そうとしないで、常識に反してゲームなどの楽しいことに没頭させることで、それにより子供の辛い不登校から子供を守ることが出来ます。
母親に理解できない理由で子供がを休むと言うことは、子どもの心の奥底で学校が辛い(不登校で心が辛い子供よりもっと軽い)から、学校に対して回避行動をしたのです。
FCRの反応の強さ >= 子供が学校を求める本能
>=の記号の意味は、等しいかやや大きいという意味です。
この心の状態で、子供に学校を忘れて休ませると、FCRの反応はそれ以上FCRを刺激しない限り、時間とともにゆっくり弱まっていくのに対して、子供が学校を求める本能は変化をしないので、
FCRの反応の強さ =< 子供が学校を求める本能
となります。この心の状態で子供を、子供にとって辛い学校に行かせると、直ぐに
FCRの反応の強さ > 子供が学校を求める本能
なってしまいます。短時間学校を休ませただけでは
FCRの反応の強さ < 子供が学校を求める本能
する事は出来ません。母親はFCRの反応の強さを弱める対応が必要です。そのためには子供が家で学校や勉強を忘れて、その子供なりに楽しいことに没頭させる必要があります。
多くの親は子供が学校を休み出すと、不登校になるといけないから何とかして学校に行かせようとしますが、それはFCRを機能させる場所に子供をいかせることですから、FCRを強める対応だと言うことを、親は特に母親は理解する必要があります。
大人の中には、学校が辛くても、無理をして学校に行っていると、その辛さに慣れを生じて、辛くなくなると考える人も多いようです。ところが辛さには慣れがありません。それでも大人では自分の意思から辛さに耐えようとすることが出来ることがありますが(多くの場合、大人でも特別の場合にしか出来ません)それがますますFCRを強めることになり、五月雨登校から、その後完全に学校に行かれなくなります。学校に行かせようとするとあれたり問題行動をする様になります。