私が一時、大田市を担当していたことは書きました。

ほんの数年なんですけどね。

その後を継いだのがK君で…。彼も会社は辞めたんだよな。夢が無い…とかで。


大田市なんですけど、私は医師会での勉強会をやっても効果が無いだろうと予想していまして…。

今は市民病院になっているのかな。国立大田病院は…。

あの頃の大田市医師会は、その国立大田病院と、その他の医院…って感じだったんですよ。

大田病院の方では独自に勉強会が出来ましてね。その当時の泌尿器科の先生が窓口だったんです。

でも、その他の医院を集めてもどうなんか…と。

その理由は、集まらないんですよ。

勉強会だから、我社の製品説明からスタートして「講師の講演会」をやって懇親会なんですけど。

我社の製品説明が終わった頃に、医師がゾロゾロと集まってくる…ってえ感じなんです。

(そのことは、他のMRやMSから聞いていた。)

だから、金を使うことには反対したんです。


これは各医師の責任ではなく、医師会としてそういうプログラムが組まれていたということです。

形上ではメーカーの話はして貰わなければならなかったけど、あくまで形であって、聞かなければならない…という筋のものではありませんでした。


まあ、会社側から「どうしてもやってくれ。」って話になりまして…。

某医院の院長が「鳥取の某病院の院長」と親友ということで…。

その院長をね、招聘したんですよ。

そうしたら、某病院の担当者を巻き込むことが出来ますからね。

(実際、院長には日本〇薬の担当者が大田市まで随行しました。それだけでも大きかったと思いますよ。)


ホテルの手配から食事会の手配までは、私がやりましてね。

食事会は「ここが良い。」なんて話があったから無理矢理に開店して貰って…。

大変だった覚えがあります。