2007年6月19日に入院が決定。6月21日に入院ですわ。

医師は「20日に入院。」と言われていましたが、20日には講師仕事があり…。

21日に延期して貰ったんですよね。それでも入院までに期間がなかったので大変でした。

医師側も「命よりも仕事を優先した。」というイメージを持ったらしく…。

私の入院ライフ?に微妙に影を落とします。

最後まで病院の外へ出るのは禁止されましたし、その影響で参議院選挙も院内投票ですわ。


当初、私の方は「心臓の動きが悪い。」という程度しか知らされていませんでした。

薬は入院前から3種。

ブロプレス⇒降圧剤
ラシックス⇒利尿剤
フランドルテープ⇒発作の予防

今、思えばですが…。ネット環境を持ち込めれば、安心感が生まれたと思うんですけどね。

何も情報がないところで、薬はたくさん飲まされるわ。血圧の上は100を切るわ。24時間、心電図を付けっぱなしにされるわ。風呂も禁止されるわ。

何で??と思うことが多かったですね。

そこら辺を緩和してくれたのが会社の後輩H課長であり、N社会保険労務士の奥さん(看護師さん)の存在だったのでありますよ。

ただ、H課長は…。「太っちょさんは、もう長くないだろう…と思った。」と言っていましたね。

やはり「拡張性心筋症」だと思ったようです。