かく言う私も一度だけ死を覚悟した事があった。私が隣県の営業所にいた時期だったので、30数歳の頃だっただろうか。

 S病院より電話がかかった。相手は女医さんで、私に話があると言う。

 浮いた話ならうれしいのだが、どうも血液検査で異常が出たらしい。中性脂肪が高いぐらいなら、電話で呼び出しはしないだろう。

(私は医者相手の営業をやっていた。今はMR。昔ならプロパーとかデティールマンとか言うのだろう。ある程度の医学知識はあった。)

 女医さんいわく、「白血球に異常が見られる。」「K病院を紹介するので、そちらで精密検査を受けて欲しい。」

 K病院・・・K市にあった大病院である。

 私は有給を取って、K病院に行った。会社には、状況を説明しておいた。しかし、実家に電話をかけなかった。かけなかったつもりだった。

 病院に行くと、その病院の担当者で私の直上の上司が待っていた。やはり私の事が気になったらしい。その点は優しい会社だったのかも知れない。

 検査の結論を言うと、白血球の異常は誤差範囲との事だった。もちろん私はホッとした。

 しかし、私は自分で思ったほど・・・。自分が白血病かも知れない。もしかすると、治療に専念しなければならないかも知れない・・・と言う感覚を持たなかった。ある意味では、思ったよりも割り切った死生観を持っていたのだろうか。

 なるようになるでしょ・・・と。

 もう一つ、不思議な事があった。親には、白血球異常の事を電話しなかったはずなのだが・・・。なぜか、検査が終わった日に、検査結果を聞く電話がかかってきた。

 もしかすると、私は、無意識に親に電話をかけたのかも知れないと思う。やはり、私にとって親と言うものは特別であったのかも知れない。