人財に学ぶ アルフレッド・ノーベル | キャリアコンサルタント福井祐平の『What's人財』

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10月7日から今年のノーベル賞の受賞者を発表しています。



トムソン・ロイターが発表した受賞候補者は、物理学賞で東京工業大学の細野秀雄教授、生理学・医学賞で東京工業大学の大隈良典特任教授と東京大学の水島昇教授でした。文学賞で、村上春樹さんも受賞候補との評価をされていました。



ノーベル賞を創設したアルフレッド・ノーベル(1833~1896)さんは、スウェーデン出身の発明家で実業家です。



アルフレッド・ノーベルさんは、8人兄弟の4男として生まれます。家は貧しく、成人したのは4人だけでした。



アルフレッド・ノーベルさんは、幼少期から工学、特に爆発物に興味を持ち、お父さんから基本原理を学んでいました。



事業に失敗していたアルフレッド・ノーベルさんのお父さんは、機械や爆発物の製造に成功し、合板を発明します。そして機雷製造を始めました。



家計が裕福になったアルフレッド・ノーベルさんは、複数の家庭教師がつけられ、特に化学と語学を学び、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語で流暢に会話できるようになりました。



アルフレッド・ノーベルさんは、学校に通っていたのは11歳~12歳の間の18ヶ月だけでした。



アルフレッド・ノーベルさんは、化学をさらに学ぶため、パリの科学講座を受講しています。翌年にはアメリカに分かって4年間化学を学びました。



クリミア戦争では、兵器生産で大儲けしますが、戦争終結とともに注文がなくなり、アルフレッド・ノーベルさんのお父さんは再び破産します。



アルフレッド・ノーベルさんは、両親とともにスウェーデンに帰国します。その後、爆発物の研究に没頭します。



1864年、研究中の爆発事故でアルフレッド・ノーベルさんの弟と5人の助手を亡くします。この事故で、ストックホルムでの研究が中止されたため、ハンブルクに工場を建設します。



事故後、アルフレッド・ノーベルさんはニトログリセリンの安全性を高める研究に集中し、より安全に扱いやすくしたダイナマイトを発明しました。



1871年、珪藻土を活用しより安全となったダイナマイトを発明し、50カ国で特許を取得します。ダイナマイトは、世界中で採掘や土木工事に使われるようになり、アルフレッド・ノーベルさんは巨額の富を得ました。



ノーベル賞創設の背景ですが、1888年にアルフレッド・ノーベルさんの兄が亡くなった際、新聞メディアの見出しに謝って「死の商人、死す」と書かれてしまいます。この後から、アルフレッド・ノーベルさんは死後の評価を気にするようになりました。



そして1895年、財産の大部分をあてて国籍の差別なく毎年授与するノーベル賞を創設するとした遺言状に署名し、3,122万5千スウェーデン・クローナ(約26億円)を割り当てました。



現在、財団の運営資金と受賞者への賞金のために、資産を運用しています。



人は体の発達と自我の確立時期に思春期を迎えます。また50代ごろから「思秋期」も向かえます。



「思秋期」とは、現在の自分のポジションや評価、またその後の人生を考えたときにいろいろと思い悩む時期のことをいいます。



アルフレッド・ノーベルさんも、兄の死をきっかけに死後の評価を気になるようになり、ノーベル賞を創設しました。



現在の日本では、60代の起業家が年々増加しています。 私は定年退職したら、アマチュアの将棋名人を目指すことと喫茶店か学童保育を運営しようかと考えています。



「俺の~」シリーズのレストランを経営している坂本孝さんは、69歳の時に会社を設立して今も現役で活躍されています。



思秋期を迎えても、自分の人生をしっかりつ見つめ直すことをお勧めいたします。