『日本水産資源保護協会(2021)魚病情報資料』から、寄生虫について | ウッカリカサゴのブログ

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日本産魚類の仔稚魚のスケッチや標本写真、分類・同定等に関する文献情報、
趣味の沖釣り・油画などについての雑録です。

釣ってきたり、買ってきた魚を捌いたら寄生虫らしきものを発見することがある。
アニサキスを除いて、たいていのものは人体に無害とされており、寄生部位を取り除けば問題ないが(シガテラ毒を除く)、見た目が悪く、やはり気持ち悪い。

スーパーマーケットや魚屋は苦情(クレーム)処理に相当気を使っているのだろう。シラス干しへのフグ類仔稚魚の混入問題もそうだが。
また、魚の養殖業者は魚病(病気や寄生虫感染など)に大きな関心を持っているであろう。

今回は、アニサキス感染症、ブリ紐線虫(ブリ筋肉線虫・ブリ皮膚線虫・ブリ糸状虫とも呼ばれる)、ハタ類やクロソイなど天然魚に見られる黒いゴマ状のリリアトレマ吸虫について文献情報を整理し、参考となる文献を示した。

かつて下記ブログ記事で、今回の紹介資料の目次などを紹介した。
【文献紹介】魚病情報資料(日本水産資源保護協会, 2021) 2022-11-18
https://ameblo.jp/husakasago/entry-12775054090.html
https://www.fish-jfrca.jp/02/pdf/R2_gyoruiboueki.pdf


ただし、この資料は基本的に養殖魚に関するもので、キジハタやクロソイなど天然魚に見られる黒いゴマ状のリリアトレマ吸虫(扁形動物門、吸虫綱、後睾吸虫目)と呼ばれるリリアトレマ・スクリジャビニ(Liliatrema skrjabini)は載っていないので、ここ↓を参照されたい。
https://plaza.rakuten.co.jp/turifood/diary/202006290000/
 

ほかにも、

水産食品の寄生虫検索データベース
https://fishparasite.fs.a.u-tokyo.ac.jp/Liliatrema%20skrjabini/Liliatrema.html
 

●若林信一(1997)吸虫類 Liliatrema skrjabini のメタセルカリアが多数寄生したクロソイの一例. BuII. Toyama Pref. Fish. Res. Inst. No. 9, 41-44. https://taffrc.pref.toyama.jp/nsgc/suisan/webfile/t1_5d6cd5d2207ab9fd1d94fbb1872fd791.pdf
 

●桃山和夫・天社こずえ (2006) 山口県沿岸域および湖沼河川で採取された異様な外観を呈する天然魚介類の寄生虫およびその他の異常. Bull.Ymaguchi Pref.Fish.Res.Crt.4.143-161.
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010730391.pdf

下記の記事にも分かりやすく記載されているので、参照されたい(ただし、グロテスクな写真が多いので注意!)。
刺身にアニサキス? 魚によくいる寄生虫6種とその対策
https://buna.info/article/1861/

                                                ■        ■        ■

さて、以下では、『日本水産資源保護協会(2021)魚病情報資料』の「6. 線虫類」から、以下の2件の寄生虫を紹介する。


養殖魚のアニサキス感染症
ブリ紐線虫(ブリ筋肉線虫・ブリ皮膚線虫・ブリ糸状虫とも呼ばれる)

養殖魚のアニサキス感染症: pp.110-111.

【地理的分布と宿主範囲】
アニサキス Anisakis 属の線虫は世界中に広く分布している。
10種類程が記載されているが分類は混乱しており、近年分子生物学を用いた再分類が進んでいる。
様々な海産魚や頭足類に寄生し、日本だけで 150 種以上の魚で寄生が報告されている。
日本における人体のアニサキス症の原因は主に Anisakis simplexA. physeteris および近縁のシュードテラノバ Pseudoterranova decipiens の3 種の幼虫によるものであるが、他種が原因となる場合もある。
2005 年に中国産カンパチ種苗で見られたアニサキスは A. pegreffi で、日本沿岸では主に日本海側に分布している。
一方太平洋側には A. simplex sensu stricto が多く、海域によって優占種が異なる。
これは終宿主であるミンククジラ(A. simplex)やバンドウイルカ(A. pegreffi)の分布に関係するものと考えられる。

【特徴的症状】
外観的な症状は無く、魚への病害性は低いと考えられる。
2006-2007 年にスコットランドに遡上してきたタイセイヨウサケで肛門周辺の発赤膨張、出血や炎症がみられ Red Vent Syndrome と呼ばれた。
これはA. simplex の大量寄生によるものであることが判明したが、このような強い病害性を示すのは希な例である。
天然魚では寄生数が多いと肥満度が低い傾向がみられる、との報告もあるが、逆に寄生が多い個体ほど餌を食べているため、肥満度が高いとの調査結果もあり、魚への影響ははっきりしない。
 

生活環は複雑で、イルカ、クジラ、アザラシといった海獣類が終宿主である。
虫卵や II 期幼虫を摂取したオキアミを食べた魚で III 期幼虫となり、これらを捕食した魚やイカでも III 期幼虫のまま寄生を続ける。
これらIII 期幼虫を持つ魚は待機宿主と呼ばれる。
養殖魚で見られるアニサキスは主に天然種苗由来か、冷凍していない生餌に由来する。
2005 年に問題となった養殖カンパチのアニサキスは中国の育成場で生の餌を与えたためと思われる。
 

アニサキス幼虫が寄生している魚やイカを人が生食すると、虫が胃壁等に潜りこみ、急性胃腸炎を引き起こす。
また、アニサキスによるアレルギーも知られており、この場合は食材を加熱、冷凍しても発症する。

【診断法】
解剖して内臓や筋肉に寄生している虫体を確認する。
虫体は 1-2 cm で肝臓や腸の周辺などに丸くなって寄生しており、肉眼でも容易に見つけられる。
種によっては魚が死亡すると内臓から筋肉へ移行する。
同定は穿孔歯の有無や食道の形状等で行うが、形態による詳細な分類は困難である。
そのため、分子生物学的手法を用いた分類方が多く開発されている(Umehara et al., 2006; Kuhn et al., 2013)。 
標本作製は虫体を熱した 70%エタノールに投入し、伸長固定し、そのまま保存する。
観察時にはグリセリンもしくはラクトフェノールで透徹する。

【防除法・治療法】
寄生後の駆虫は困難であるため、予防対策しかない。
餌とともに幼虫を取り込むため、生餌を与える場合は一旦冷凍し、幼虫を殺す。
一旦寄生すると長く留まるため、天然種苗を導入する際にはロットの一部を検査して、寄生が無い事を確認する。

【参考文献】
・Levsen A. and B. Berland (2012) : Anisakis spcies. 298-309. Fish Parasites Pathobiology and Protection (Edited by P. T. K. Woo & K. Buchmann), CAB International.

・Kuhn T., Hailer F., Palm H. W., and Klimpel S. (2013) : Global assessment of molecularly identified Anisakis Dujardin, 1845 (Nematoda: Anisakidae) in their teleost intermediate hosts. Folia Parasitologica. 60(2), 123-34.

・Umehara A., Y. Kawakami, T. Matsui, J. Araki and A. Uchida (2006) : Molecular identification of Anisakis simplex sensu stricto and Anisakis pegreffii (Nematoda : Anisakidae) from fish and cetacean in Japanese waters. Prasitology International, 55, 267-271.

・Yoshinaga T., R. Kinami, K. A. Hall, and K. Ogawa (2006) :  A preliminary study on the infection of anisakid larvae in juvenile greater amberjack Seriola dumerili imported from China to Japan as mariculture seedlings. Fish Patholology. 41, 123-126.

・鈴木 淳・村田理恵 (2011) : わが国におけるアニサキス症とアニサキス属幼線虫. 東京健安研セ年報, 62, 13-24.

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ブリ紐線虫(ブリ筋肉線虫・ブリ皮膚線虫・ブリ糸状虫): pp.112-113.

  春先の大型天然ブリの筋肉中にみられる、50cm にも達する大型の寄生虫である。
  ブリ糸状虫またはブリ皮膚線虫とも呼ばれ、魚肉中の異物として問題になる。
  養殖ブリでも稀にみられる

Philometroides seriolae (Ishii, 1931) ブリヒモセンチュウ(ブリ紐線虫)
 線形動物門 Nematoda
  双腺綱 Secernentea
    旋尾線虫目 Spirurida
      フィロメトラ科 Philometridae
         フィロメトラ属 Philometroides Yamaguti, 1935
        (ヒモセンチュウ属)

【地理的分布と宿主範囲】
主に春先に産卵後から夏にかけて天然ブリで見られる。
養殖ブリでも見られるが、稀である。
フィロメトラ科の線虫は様々な海産魚から報告があるが、宿主特異性が高く、近年その分類についても見直されている。

【特徴的症状】
筋肉中に数十cmにも達する虫体が折りたたまれて、とぐろを巻いたような状態で寄生する。
周囲の筋肉内には炎症組織層の形成がみられる。
みられるのはすべて雌で、雄は小型と考えらえるが、これまで見つかっていない。
体色は成熟状態によって赤から薄茶色と変わる。
胎生で体内に多数の仔虫を有し、春から夏に皮膚を突き破り魚体から脱出し、仔虫を水中に放出する。
この時期には魚が体表から出た虫体を引きずっている場合もある。
本虫の生活環は不明であるが、他のフィロメトラ科線虫ではカイアシ類の中間宿主が判明している種もある。

【診断法】
筋肉に折りたたまれて寄生している虫体を確認する。
伸ばすと40cm以上にもなり、虫体は赤、薄茶、乳白色等である。
形態による分類は困難であるが、ITS2 領域の遺伝子解析を用いた同定も可能である。
標本作成は70%エタノールに入れて固定する。

【防除法・治療法】
本虫に対する防除法は知られてない。

参考文献
・小川和夫(2004): 線虫病, 390-392, 魚介類の感染症・寄生虫病(若林久嗣 ・ 室賀清邦編), 恒星社厚生閣.

・中島健次・江草周三・中島東夫 (1970) : ブリに寄生する線虫 Philometroides seriolae の魚体脱出現象について. 魚病研究, 4, 83-86.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfp1966/4/2/4_2_83/_pdf


・Moravec, F. and I. Buron (2013) : A synthesis of our current knowledge of philometrid nematodes, a group of increasingly important fish parasites. Folia Parasitologica 60, 81-101.

追加文献
・横山 博・長澤和也(2014) : 総説 養殖魚介類の寄生虫の標準和名目録. 生物圏科学, 53: 73-97. 
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030891101.pdf
https://core.ac.uk/download/pdf/222956444.pdf

・長澤和也(2008) : 日本産魚類・両生類に寄生する蛇状線虫上科と鰻状線虫上科各種の目録 (1916-2008年). 日本生物地理学会会報 63:111-124. 
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030891101.pdf
この論文で、以下の理由により「ブリヒモセンチュウ」に改称が提案されている。
改称提案の理由:『中島 (1970) は本種に対して「鰤糸状虫」なる和名を提案した。しかしながら, 「糸状虫」と呼ばれる線虫類は哺乳動物等に寄生し, 分類学的にも異なる糸状虫上科 Filarioidea に属するものである。したがって, 魚類寄生性種に「糸状虫」を含む和名を用いることは, 哺乳動物寄生性種との分類学的関係に関して誤解を与える可能性がある。よって、「ブリヒモセンチュウ」に改称を提案する。』

・中島健次・江草周三(1969) : 養殖ブリに寄生する大型線虫 Philometroides seriolae (Ishii, 1931) Yamaguti, 1935. 魚病研究, 3:115-117. 

・中島健次(1970) : 鯉糸状虫 (コイのハリガネムシ) の学名について. 魚病研究, 5:4-11. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfp1966/5/1/5_1_4/_pdf/-char/ja
本科は,山口 (1961) の新設した,魚類以外の脊椎動物を終宿主とする Filariidea 目と,形態や生態において類似している点が多々あるので,後者の一般的和名である 「糸状虫」 を借りて,これに 「魚糸状虫科」 という新和名を与え,本種を 「鯉糸状虫」 とし,同様にブリに寄生する P. seriolae を 「鰤糸状虫」 と呼ぶことを併せて提案する。


・中島健次・江草周三(1970) : 鰤糸状虫の生活史に関する研究一I. 中間宿主と推定される copepods への仔虫感染実験. 魚病研究, 5:12-15. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsfp1966/5/1/5_1_12/_pdf/-char/ja

・Kuroda, T., Murayama, T., Imai, J.-I., Horii, Y. & Nawa, Y.(1991) : The first record of Philometroides sp. vomited from a man in Japan. Jpn. J. Parasit., 40: 599-603. 〔日本の男性から嘔吐された ヒモセンチュウ属 Philometroides sp. の最初の記録〕

https://jsparasitol.org/archive/pdf/1991_40_6_11.pdf

『患者は82歳の男性で、宮崎市近郊の町で生まれ育ち、現在は出身地近くの老人ホームで暮らしている。健康状態は良好で、過去に特に病気の既往はない。1991年3月24日の早朝、彼は突然吐き気を感じ、数回嘔吐した。嘔吐した後、喉に糸のようなものが引っかかったような感覚があり、最終的には自分で糸のようなものを引き抜いたという。その後、彼は回復し、それ以上の症状はなかった。
寄生虫に似ていたため、最寄りの病院に運び、医師が緩衝ホルマリンに浸して種類の確認のため宮崎医科大学寄生虫科に送った。患者の臨床検査は実施されなかった。彼には、症状が現れる前日に何を食べたかについての確かな記憶がなかった。
虫体は淡い赤褐色で、大きさは長さ425mm、幅は均一に約1.9mmであった。〔中略〕
形態学的特徴から、この寄生虫はフィロメトロイデス種、おそらくブリヒモセンチュウ Philometroides seriolae であると同定された。〔中略〕
この寄生虫は非常に大きいため、調理中に見つけて簡単に見つけられたり、たとえ摂取したとしても咀嚼中に体内が破壊されてしまうためか、このような症例はこれまで報告されたことがない。〔後略〕』

 

このケースは長さが425mmもあるもので、患者は高齢であることも関係していると推察され、極めてまれであろう。