【新刊図鑑の紹介】世界で一番美しい海に浮遊する幼生図鑑 | ウッカリカサゴのブログ

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日本産魚類の仔稚魚のスケッチや標本写真、分類・同定等に関する文献情報、
趣味の沖釣り・油画などについての雑録です。

8k写真 

アマゾンで予約していた『世界で一番美しい海に浮遊する幼生図鑑』が届いた。
 

特異な経歴をもつフォト派ダイバーの横田有香子さんが日本各地で撮影した海洋生物の幼生・幼体の水中生態写真と、それぞれの分類群の専門家が解説した図鑑(写真集)である。写真家・ジャーナリストである水口博也さん(私と同年齢)が編集。

 

その紹介記事はここ↓を参照されたい。
https://marinediving.com/topics/30978.html



さて、仔稚魚(仔魚と稚魚)の形態分類に携わるものとして(まだ現役のつもり)、この図鑑の仔稚魚関係(特に同定)について以下にコメントしたい(図鑑ということなので、誤同定は指摘しておきたい)。

仔稚魚の解説者は森 俊彰さん(公財ふくしま海洋科学館 (アクアマリンふくしま) 勤務)。北里大学水産学研究科で、仔稚魚の伸長した鰭条や棘などの特化形質や生態に魅せられ、パラオで潜水観察を行い、仔稚魚相や出現動態を研究されたとのこと。

仔稚魚の写真は「沿岸魚」と「沖合および深海の魚たち」に分かれており、おもに浮遊生活期にだけ発現する形質(幼期形質という)と生態との関係などに関する解説文「沿岸魚の仔稚魚たちの生態」と「沖合および深海魚の仔稚魚たちの生態」がそれぞれの写真群に続く。

沿岸魚の仔稚魚たちの生態
・仔魚から稚魚へ
・仔稚魚たちの生存戦略
・再演性変態という考え
・着底に向けて

沖合および深海魚の仔稚魚たちの生態
・深海からの使者
・海面近くですごす仔稚魚たち
・長い鰭の効用
・外腸について
・一次性深海魚と二次性深海魚

さて、仔稚魚の生態写真は、驚いたことに私が最も関心をもつ分類群のひとつ、テンジクダイ科クダリボウズギス属の仔魚群から始まる(p.17のダルマガレイ科の一種は無視。編集上の都合からここに載せたのか?)。

すべて「クダリボウズギス属の一種」とされていて、いずれのタイプ(全部で6タイプ)もSNS等で見たことのあるタイプである。

 

日本産稚魚図鑑第二版(2014)を参照すれば、ナンヨウクダリボウズギス Gymnapogon philippinus, コモンクダリボウズギス G. vanderbilti-complex [G. urospilotus は新参異名:Mabuchi et al.(2014)]と同定できるものが混じっている(ちなみに日本産クダリボウズギス属の既知種は3種)。

 

ほかのタイプは日本産種としては未記録種、未記載種の仔稚魚のようである。
Thomas Fraser さんが指摘しているように、まだ複数の未記載種がいるようで、クダリボウズギス属仔稚魚の同定はそれらが記載されないと先に進まない。

仔稚魚の水中生態写真を撮るだけでなく、それらを採集(可能なら飼育)し、DNA分析するなどのプロセスが必要である。さらに洞窟などに生息し、昼間は活動しないなどの特異な生態をもつ成魚の採集、DNA分析、記載をも経ないと仔稚魚の種名は決められない。

ところで、多くのフリソデウオ科の仔稚魚の写真が出ているが、p.63でフリソデウオ科とされているの↓は、リュウグウノツカイ(リュウグウノツカイ科)の仔魚である。撮影者本人はSNSでリュウグウノツカイとして投稿していたのだが・・・


さらに、一対のヒゲをもつトビウオ科仔魚はハマトビウオ属 Cypselurus とされているが、近年、ツクシトビウオ属 Cheilopogon とするのが主流のようだ。

他にも、もっと下位の分類群名を付けられる写真もあるが(フサカサゴ科やハナダイ科仔魚など)、ここではほどほどにしておこう。

最後になるが、できれば参考文献(あるいは引用文献)リストを文末に付けておいたほうが、よかったと思う(他の分類群の解説には載っているものもある)。


また、体長に関する情報は示してあるが、撮影時期、場所などは記載されていないのが残念である。情報の学術的価値が大きく変わるからだ。

●参考文献

Baldwin, C.C. (2013) The phylogenetic significance of colour patterns in marine teleost larvae. Zoological Journal of the Linnean Society, 168, 496–563. 

Kuiter, R.H. and T. Kozawa (2019) Cardinal fishes of the world. Seaford, Victoria (Aquatic Photographics) and Okazaki, Aichi, Japan (Anthias, Nexus):1-198.
 

Leis, J. M., Meyer, O., Hay, A.C. and Gaither, M. R.  (2015) A Coral-reef Fish with Large, Fast, Conspicuous Larvae and Small, Cryptic Adults (Teleostei: Apogonidae). Copeia, 103(1): 78–86.
 

Leis, J. M. and M.I. McCormick (2002) The biology, behaviour and ecology of the pelagic, larval stage of coral-reef fishes. pp.171-199 In P.F. Sale, (ed). Coral Reef Fishes: Dynamics and diversity in a complex ecosystem. Academic Press, San Diego.

 

Mabuchi, K., T. H. Fraser, H. Y. Song, Y. Azuma and M. Nishida (2014) Revision of the systematics of the cardinalfishes (Percomorpha: Apogonidae) based on molecular analyses and comparative reevaluation of morphological characters. Zootaxa, 3846: 151–203.
 

馬渕浩司・林 公義・Thomas H. Fraser (2015) テンジクダイ科の新分類体系にもとづく亜科・族・属の標準和名の提唱. 魚類学雑誌, 62(1): 29–49.
 

Miller, M.J. (2023) 43 Years after H.G. Moser’s Seminal “Morphological and Functional Aspects of Marine Fish Larvae”: The Commonalities of Leptocephali and Larvae of Other Marine Teleosts. Fishes, 8, 548. 

 


Moser, H.G.(1981) Morphological and functional aspects of marine fish larvae. In Marine Fish Larvae: Morphology, Ecology, and Relation to Fisheries; Lasker, R., Ed.; Washington Sea Grant Program: Seattle, WA, USA, 1981; pp. 89–131.

 

Oka, S., M. Nakamura, R. Nozu and K. Miyamoto (2020) First observation of larval oarfish, Regalecus russelii, from fertilized eggs through hatching, following artificial insemination in captivity. Zoological Letters, 6:4. 

https://www.researchgate.net/publication/340512799_First_observation_of_larval_oarfish_Regalecus_russelii_from_fertilized_eggs_through_hatching_following_artificial_insemination_in_captivity

 

坂上治郎(2016)真夜中は稚魚の世界. 96pp. エムピー・ジェー、横浜

 

Suntsov, A. 2007. Brotulotaenia (Teleostei: Ophidiiformes) larval development revisited: an apparently new type of mimetic resemblance in the epipelagic ocean. Raffles Bulletin of Zoology. Supplement 14: 177-186.

 

鈴木香里武

2019年 岸壁採集珍魚ランキング 発表! Rare Fish Ranking 2019
https://www.youtube.com/watch?v=84fSn5RbRHk
18:30~21:30 リュウグウノツカイ
21:30~24:52 テンガイハタ


若林香織・田中祐志・阿部秀樹(2017)美しい海の浮遊生物図鑑. 180pp. 文一総合出版

 

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解説者の人選は、たぶん編集者の人脈によるものと推察される。若手研究者の活躍の場を提供することは非常に大切だと思うが、今回の件は、印刷前に当該分野の誰かが確認する〔ピアレビュー(peer review)〕ステップを踏めば済むことだったと思う。写真は素晴らしいのに残念。

https://www.enago.jp/academy/credibility-of-peer-review/