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『片掛の史跡・見学ポイント』

 

4 三十三所観音(P9)

 

 
 細入にある三十三所観音の一組は、片掛大渕寺の山門脇にある。配列の乱れはあるものの、三十三体すべてが揃っている。
 この石仏は、最下に方形の台石、その上に別石による蓮花座を置いて立てる舟光背型の一石一尊仏である。台石を含めて総高約八十センチメートルである。
 砂岩系の石材である上に刻みがあまり深くなく、欠損するもの、摩減のために像容や刻字が定かでないものもある。正面下方に台座による「壹番」「拾番」「丗三番」等と札所番号を縦書きに刻む。約半数は光背部に、「大姉」「居士」「信女」「童子」などの法名二人分ずつ刻む。はじめから、同寺山門脇に並べるため、同寺檀徒による寄進であろう。                
「細入村史」

『片掛の史跡・見学ポイント』

 

3 六地蔵と石仏群(P6)

 

 

 

 大渕寺の門前に六地蔵がある。この地蔵は、片掛銀山の採掘に従事する山方衆の安全を祈願するために峠に立てられていたが、銀山の衰退と共に、長い間そのまま放置されていた。そのため、昭和五十八年(一九八三)に、大渕寺門前にお堂を建て、移設した。現在も地蔵法要を行い、お参りしている。
その横には、地蔵菩薩が四体並んでいる。この祠の裏側、山門脇にもたくさんの石仏が並んでいる。

 

 

 

 

『片掛の史跡・見学ポイント』

 

2 大渕寺(P5)

 

   
 曹洞宗のお寺である。山門の両脇には、勇壮な仁王像が立っている。開山は文明元年(一四六九)。船峅坂本(大沢野)に開創し、花崎村の瑞泉寺を講じて開山した。この寺は、永禄年間に、上杉勢の兵火により消失した。その後、加賀藩三代の前田利常の寄進を得た。大渕寺と寺号を改め、再興を願っていたところ、須原の森田氏の保護と寄進があり、享保十年(一七二五)、この片掛に本堂を再建した。その後、大正五年(一九一六)の火災で楼門以外は消失したが、大正十二年(一九二三)、現在の伽藍の復興をみた。                                  
「細入村史」

『片掛けの史跡・見学ポイント』

 

1 片掛銀山跡(P4)

 

 
 今から四〇〇年ほど昔の天正年間に、この辺り一帯で銀山の開発が盛んに行われた。片掛・庵谷・吉野銀山で、坑口が一〇〇ほどあったという。
 その鉱口の跡が、庵谷へ通ずる村道の脇に、幾つか残っている。大渕寺から峠を少し上った所には、細入観光協会の『片掛銀山跡』の道標が立っている。
「細入村史」