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『片掛の史跡・見学ポイント』

 

14 八坂社(P19)

 

 

 


 創建ははっきりしないが、往時、片掛銀山の忍屋新左衛門が守護神として奉斎していた牛頭天王社があった。新左衛門の退転後、同村内の諏訪・春日・神明の各社を合祈し、八坂社と称した。現在の社殿は、昭和十一年(一九三六)九月に改造したものである。
 境内には日露戦勝記念碑も設置されている。  
「細入村史」

『片掛けの史跡・見学ポイント』

 

11 坂野家(P16)

 

 
 片掛に設けられていた郵便局がこの坂野家にあった。片掛の郵便局は、大久保局と高山局の中間地として、人の足で配達や集配をしていた。大正十年(一九二一)から、密田銀行もこの家の一室に出張所を置き、営業していた。今も、二階の家の窓に、その当時の鉄格子が残っている。昭和五年、飛越線が開通し、猪谷駅前が賑わうようになると、郵便局は猪谷駅前に移転した。
「細入村史」

『片掛けの史跡・見学ポイント』

 

10 片掛公民館と金剛院跡(P15)

 

 
 平成二年(一九九〇)に旧公民館を建て替える時に、現在の道脇に移転した。水力発電施設周辺地域交付金で建てられた。
 この場所には、以前金剛院があった。金剛院は、永禄二年(一五五九)に富山にあった金剛院の権代僧都逢山の代に片掛村へ院号とともに転地して住職となった。
 明治三年(一八七〇)十月二十七日旧富山藩の長柄町清傳寺への合寺に遭ったが、同九年(一八七六)二月二十四日元に復した。当院は、もともと山伏の寺として飛騨の角川から笹津界隈を加持祈祷の場としていた。明治三十四年(一九〇一)の大火に遭い、その後堂宇を建立したが,未完のままだった。                             
「細入村史」