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『加賀沢の史跡・見学ポイント』

 

4 猪谷小学校加賀沢分校跡(P8)

 

小学校のあった所は、樹木が生い茂り、見つけることが困難だが、白山社の南側にあったと地図に記されている。
 明治四十五年( 一九一二) 猪谷小学校加賀沢分教場として、民家の一部を借りて開校された。大正二年( 一九一三)、白山社参道南側に新校舎ができ、岐阜県東加賀沢の児童も受け入れた。大正末期に二階建に改築される。

 

 

 昭和二十六年( 一九五一)、分教場より五十メートルほど南側に、新校舎が新築された。校舎一階は職員玄関と職員住宅として二間・児童玄関と体育室、裏側に台所と浴室、便所、二階は広い教室と職員室、資料室と小さいながら整っていた。その頃は、三十名ほどの児童がいた。

 昭和三十九年( 一九六四)、児童減少により廃校となった。
 

「細入村史」

 

 

 

『加賀沢の史跡・見学ポイント』

 

3 「白山社」(P6)

 

 集落の真ん中ほどに今も鳥居とお堂が残っている。このお宮さんには、興味深いエピソードが残っている。昭和四十七年( 一九七二)八月のこと、美術文化研究会宮川村調査班が、この白山社を訪れ、拝殿の奥にかかっている紫の幕を上げたところ、円空仏五体が埃にまみれて鎮座しているのを発見した。
 この発見がきっかけとなり、蟹寺・猪谷・庵谷の集落で円空仏の発見が続き、細入村内で円空仏二十四体の発見につながったという。加賀沢白山社の五体の円空仏は、現在、猪谷関所館のロビー正面に展示されている。

 

 「細入村史」


 

加賀沢の史跡見学ポイント

 

2「立岩」P5

集落から約百メートルの宮川の真ん中に大きな岩が柱のように立っている。周りの流れはゆるく淵のようになっていて鮭や鮎
の休み場になり、素潜りしてヤスで捕る漁場であった。集落ではこの岩のことを立岩と呼んていた。
 猪谷駅から六キロも歩いて、職場、学校に通い疲れ果てている時、立岩を見て、「やっと帰った」と安堵する懐かしい岩なのであ
る。  

「細入村史」

 


宮川にある「立岩」
※立岩の高さは、水底から十一・一メートル、一億七千七百五十万年前( 中生代ジュラ紀)に変成した飛騨片麻岩であることが、杉谷和男氏の調査によって明らかになった。 
 


 

1「旧飛騨街道の野仏」
 
 加賀沢集落北の旧街道沿い、鉄道線路の防壁の裏の大きな岩の下に、三体の野仏が鎮座している。その一つが、文政元年(一八一八)と銘のある浮彫聖観音立像である。他に浮彫子安観音坐像と弘法大師坐像がある。

 

浮彫聖観音立像

 

浮彫子安観音坐像

 

弘法大師坐像

 

「細入村史」