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神通峡ふるさと創生物語ブログ1:「神通峡かいわいの昔話」・「集落ガイド」・「神通峡のわらべ歌」・「神通峡民話物語」等

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『猪谷の史跡・見学ポイント』

 

20 天然記念物猪谷背斜向斜(P26)

 


 猪谷地区から対岸の舟渡地区に架かる「神峡橋」の下の崖にあり、湖水の中にかくれていて、いつもは見ることができない。砂岩頁岩の互層が褶曲していて馬の背のように曲がっている所を「背斜」、馬の腹のように曲がっている所を「向斜」といい、地層が斜めになった所を「単斜」という。
 この「背斜」「向斜」「単斜」の三つを「三斜構造」といい世界でも珍しい構造が、この二十五メートルほどの間に見ることができることから、国の天然記念物に指定された。
 今は、対岸から湖水が減水した時に、褶曲が見える。東猪谷の発電所の対岸では、向斜構造が観察できる。
「細入村史」

 

 

『猪谷史跡・見学ポイント』

 

18 猪谷関所公園(P24)

 


 昭和六十三年(一九八八)、「ふるさと創生一億円資金」で、神通川左岸の川べりに作られた公園である。
 国道から公園に通ずる遊歩道の壁面には、「猪谷若衆歌舞伎」「獅子舞」「僧円空と仏像」「籠の渡し」等のレリーフが飾られた。桜の木が植えられた公園には、滑り台、展望あずまや、バーベキュー棟、トイレなどが設置され、家族連れで楽しめるように整備されたが、近年になって、遊具や施設の老朽化が進み、現在は公園として利用できない状態になった。平成二十三年(二〇一一)、国道四十一号線のバイパスが、ここを通ることになり、すぐ近くで工事が始まった。                     
「細入村史」参照

『猪谷の史跡・見学ガイド』

 

17 猪谷駅前商店街(P23)

 


 猪谷商店街の歴史は昭和五年に始まる。昭和五年(一九三〇)十一月、飛越線が猪谷まで開通すると、昭和六年、三井鉱山は、ただちに神岡軌道を飛越線の猪谷駅構内へ乗り入れた。この乗り入れによって、猪谷は重要な貨物駅としての性格を持つようになった。それに伴い、三井鉱山は、猪谷に駅舎・倉庫・社宅等を多数建設した。細入村も猪谷駅から真直ぐ県道につながる村道を建設した。これが、現在の駅前通りである。
 駅前通りが建設されると、その両側には、続々商家が並ぶようになり、片掛から郵便局も移転した。この頃、営業を始めた商家には、水腰酒類販売店、森下友蜂堂、早瀬亭、宮口精米所、土田洋服店、魚国商店、江尻商店などがある。また、駅前通り以外にも鮮魚店、雑貨店、理髪店、和菓子店などが建ち、大きな活気を呈していた。
 平成に入り、神岡鉱山の縮小、神岡鉄道の廃線など大きな変化があり、戸を閉めている商店が目立つようになった。古い話になるが、笠智衆と宇野重吉が「ながらえば」というテレビドラマで酒を酌み交わした金山旅館も何年か前に廃業した。寂しい商店街になりつつある。     
「細入村史」参照

『猪谷の史跡・見学ポイント』

 

16 猪谷関所館(P21) 
 
 猪谷関所館は、富山市の施設で、猪谷駅から徒歩二分の所にある。昭和六十三年(一九八八)に建てられた。建物が、少し奥まった所にあるため、気が付かないで素通りする旅人もいる。
 猪谷は、越中と飛騨の国境で、古くから軍事的な要衝で、江戸時代には「富山藩西猪谷関所」が置かれていた。
 猪谷関所館には、当時の古文書・武具・用具や江戸時代の僧円空が彫った仏像など、貴重な資料が多数展示されている。また、険しい神通峡を渡った「籠の渡しの模型」も設置されている。
「細入村史」参照