ルノアールが結婚する相手は、モデル シュザンヌ・ヴァラドン=ユトリロの母 |   心のサプリ (絵のある生活) 

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画家KIYOTOの病的記録・備忘録ブログ
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今は、美の巨人達という番組が出来たので、美術界のワイドショー的な記事をたくさんの人が知るところになっている。

 

しかし、ユトリロの白壁の世界や、シュザンヌ・ヴァラドンをモデルとして名作を生み出したルノアールや、ドガや、シャバンヌなどの絵画を見ないで、シュザンヌ・ヴァラドンを語ってもしょうがない気がするが。

 

 

だいたい、シュザンヌ・ヴァラドンの絵も見た人も少ないと思うし、彼女の魅力でさへまだまだ日本では理解されていないのではないだろうか。彼女の絵は、昨日の記事に書いたポンピドゥーセンター美術館にあるらしいので、是非、死ぬまでには見たいと思う。25才の時に、仕事のご褒美として、フランスに行った時に、一度ポンビドーには行ったのだけれども、中に入る時間がなかったのだった。

<ポンピドゥーセンター美術館は1914年の大戦以後の、ピカソ以後の画家が中心に飾られているらしい>

 

確かに、モデルと画家の関係は、「美しき諍い女」を見ても、傑作はモデルの質で決まると言っても過言ではない。

日本の絵画界でも、その昔、まだ今のように誰もかしこも有名になるために裸になるような時代ではないから、ヌード・モデルを探すのはけっこう大変だったのである。

今は、美術学生同士がモデルになって描いたりもすると聞いたが、ルノアールがその当時15歳であった、シュザンヌ・ヴァラドンに出会った時の、彼女の美しさと大胆さとその勇気には驚いたことでしょう。

 

マリリン・モンローも、マドンナも、貧困から這い上がってきた女性達は、シュザンヌ・ヴァラドンもそうだが、なりふりかまわず自分の身体とこころを、自分が信頼する人にさらけだす、そう私は考えている。

 

 

彼女の身体がいくら美しくて魅惑的であったとしても、それは10代の女性の身体は皆そうなのであって彼女シュザンヌ・ヴァラドンだけがそうであるわけはない。

それよりも、私の推測だが、ゴッホの絵に貧乏のシンボルのように出てくる洗濯女の私生児として生まれた彼女の「何も怖いものがない」思い切りの良さが、画家たちの心を捉えたのだ。

そして、日本の宇野千代さんが尾崎士郎、東郷青児、北原武夫と、多くの有名芸術家との結婚遍歴をしたように、ヴァラドンも息子ユトリロの親友にまで、愛を広げるあたりは、すごいというしかありませんね。

道徳ではなく、本能に忠実なる女。

 

 

 

 

破局はやがて、やってくるのですが、宇野千代さんの『色ざんげ』は東郷をモデルにしたものですし、上の絵は、シュザンヌ・ヴァラドンと息子の親友のユッテルですね。もうこうなると、誰もが芸術の肥やしとなるわけですね。

 

ルノアールが結婚する相手は、「田舎のダンス」の絵画のモデルです。

「都会のダンス」の絵画のモデルがシュザンヌ・ヴァラドンというわけですね。

 

 

 

 <都会のダンス ルノアール名作「ダンス三部作のひとつ ヴァラドンがモデル>

 

17歳でこれらの作品をルノアールが描き始めてますし、彼の言葉「もしも女性に尻と乳房がなければ私絵を描いていなかっただろう」と言う、フェミニズムの闘士達が聞いたら腹をたてるような言葉も、思い出します。しかし、普通の目で、「田舎のダンス」のモデルは元気なリンゴ娘に見えるので、その娘を嫁にしたルノアールは、考えて結婚に向く女を選び出しているあたりはさすがですね。人物洞察がするどい。

<そしてヴァラドンも孕ませている。その子供がユトリロ。>

 

私も目白の雅叙園の近くのデッサン教室で、30代の頃、休みとなればそこに行き、朝から晩まで裸婦デッサンをしてましたが、なんで女性の裸体は美しいのだろう、その痺れる感覚を今でも思い出しますね。

足が短いとか、腹が出ているとか、そんな物理的なことではなくて、女性の肌が持っている男性にはないそのしっとりとした稜線や、黒髪の流れや、骨の線や、じっと緊張に前に向けた彼女のまなざしなどが、「美」と感じることのできる男に生まれてきて良かったと思えた瞬間でしたね。

 

ですので、シュザンヌ・ヴァラドンがその肉体を武器にしてどんどん男たちを虜にしていくのも、ドラマのようでスリルがありますし、また、その奇跡の身体をまた作品に昇華させて名誉を狙う画家達の意欲もまた「赤と黒」のように強く、たくましい。

 

 

 

モンマルトルの博物館の最上階にこの三人のアトリエがあるらしいので、また三回目、フランスに、行く機会があれば是非見てきたいものです。二回目は、モンサンミッシェルがメインの目的でした。

 

 

 

最後に、この一枚の名古屋市美術館に大切に保管されているユトリロの絵はこれです。上野美術館、日本の美術館名品展に出品されておりました。ずっとぼんやり眺めた自分がいました。