昨日の配膳記録。
豆腐ショウガ。人参のみじん切りをとろみをつけてこんがり焼いた一品。
卵焼き。トマト・ブロッコリー・じゃがいも・にんじんのサラダ。
人参をやわらかく煮込んだものにシソ和え。
野菜スープ味噌汁。
仕事が一段落。
本について考える。
本は私にとっては、友達みたいなものだ。
作者が意図したメッセージもさることながら、私の生きた季節季節の気持ちが、かつての愛読書を読み返すたびに、蘇る。
まるで、なつかしい親友と再会して、美味い酒をかわすように。
わたしは体験を非常に大切にしている。
自然との交じわい、などもそれだと思う。
北海道の冬の屋根からのびた「つらら」が光っている。
粉雪が空に舞う。
ストーブの熱さをさまそうとして、窓をあけたときに、入ってくる雪たちのふるまい。
近所の森や林のなかの静寂と草木、樹々の、おごそかなたたづまい。
すべて、神秘とともにある。
だから、海外に金を貯めていくことも好きだが、金のない人は、自分の身の回りの自然や、風景や、天気などに細心の注意をはらえば、いくらでも、感動をあじわえると思う。
ヘンリーミラーが言っていたか、家を一歩でると、それはすべて旅だと、そう信じる。
一方で、体験=神秘、の補足作用として、本=イマジネーションがあると思う。
世界を旅した兼高かおるという人もいれば、ある作家などは、ニューヨークに一度も行かなくとも、あらゆる街角の、小さな喫茶店まで、あたまに入っていた。
書斎派と言われた、渋沢竜彦氏もそうだろう。
たしか、50代になるまで、書斎の山に埋もれ、書斎というマッターホルンの登山にあけくれていたのだった。
彼の書いた、「西洋記録」などを読むと、若い頃に、精神がたどった西洋の風景・歴史・美術・文学・哲学などの、いわば、なぞりでもある。
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よく、カルチャーセンターなんかにいくと、金持ちの元気なおばちゃんが、エジプトに行った、ギリシアに行った、カナダに行ったと、自慢話をしているのを耳にすると、嫌悪感がわいてくる。
旅とは観光の旅にはしたくないものだと思う。
日常から離れて、ひとり、身体だけではなく、心の方も解放させてあげないと。
ほんとうの旅好きは、自慢なんかしないものだと思う。
現実の旅行は、身体の旅。
本は、精神の旅。
体験も、イマジネーションも、どちらとも、大事だと思う。
何百人もの異性と恋愛をしたとか、数万冊の本を読んだとか、そんなことよりも、それらの行為から、どんな自分なりの感銘をしたか。それが楽しいことなんじゃないか、そんなようにも思います。
作家の人生なんかたいしたことではない、そんなことを、先日、ウレッコ作家の角田の日常を描いた番組を見ていたふと、思った。
波瀾万丈の、苦労人は、日々生きることに精一杯で、それを表現する暇がない。
原稿依頼に追われる流行作家は、書くことに精一杯で、人並みの苦労や体験をする暇がない。
このふたつをともに、実現した人として、誰かが、カザノバをあげていたが、なるほど
と思ったことがある。
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