うさぎどんと きつねどん ジョーエル・チャンドラー・ハリス著 ネンツィオーニ絵
むかしあるところにうさぎどんときつねどんがいました。
ある日、きつねどんは森をかけめぐりタールを集めると松やにとまぜあわせて人形をつくりました。
きつねどんは人形を道の端にすわらせこっそり草むらへ。
「おや、あんなところにだれかいるぞ」
うさぎどんは、かけより人形に声をかけました。
「やあおはよう、いい天気だね」
ところがタール人形は何もいいません・・・
うさぎどんは首をかしげるばかり。
「ふふふふふ、タールと松やにの人形がものをいうわけないじゃあないか。うさぎどんはかしこいようでも、まぬけだねえ」
「ぼうしを脱いでおれさまにあいさつができないのなら、ぶんなぐってやる」
ところがげんこつがくっついてとれなくなってしまいました。
「ややっ、これはこまったぞ」
「やい、はなせったらはなせ! いうことをきかないのなら、けっとばしてぺちゃんこにしてやるぞ、そーれ」
こんどは足までくっついてしまいました。
「よーし、こうなったらもうづつきをくらわしてやるぞ」
うさぎどんがタール人形にづつきをくらわすとさあ大変、頭までくっついてしまいました。
そこに草むらに隠れていたきつねどんが、あらわれて「やあ、うさぎどん。朝からとんださいなんだねえ。かしこいうさぎどんらしくもない、どじなことをやっているじゃあないか、これは愉快だ」
きつねどんはころげまわって笑い続けます。
それから幾日かたち、タールをからだからとりおえたうさぎどんは、メドウスさんの家に遊びにいきました。
「まあ、いらっしゃい。このあいだは、きつねどんがつくったタール人形と、とっくみあいをして、ひどいめにあったそうね」
メドウスさんやむすめさんたちが、くすくす笑いながらいいました。
「きつねどんが自慢してあちこちにふれまわっているらしいわよ」
うさぎどんはすこしかっとしましたが、すずしい顔で、「ちょっとおしゃべりさせてください。そのまえにこのお花をどうぞ」
メドウスさんに森でつんできた花をプレゼントしました。
そして、こんな話をはじめました。
「みなさんはわたしがきつねどんにだまされたので、わらいものにしたいのでしょう。しかし、きつねどんはいまでこそ、えらそうな顔をしていますが、じつは長いあいだわたしの父が馬代わりにきつねどんに乗っていたのですよ」
「まあ、ほんとうかしら」
「しょうこは明日にでもおみせしますね」
つぎの日。
きつねどんがメドウス家に行って、どんなにうさぎどんがまぬけかをしゃべりだすと、メドウスさんとむすめたちは、「でも、きつねどんは長い事、うさぎどんのお父さんの馬がわりだったそうね、うさぎどんから聞いたわよ」
きつねどんは、「でたらめにもほどがある、ぜったいにゆるすもんか」
うさぎどんの家にかっかっしながら向かいます。
「うさぎどん、おいらだよ。」
けれども、うさぎどんにはきつねどんがおしかけてくることがはじめからわかっていました。
考えがあってわざとおこらせたのですね。
うさぎどんはドアにかぎをかけてしばらくのあいだ、じっとしていましたが、弱々しい声でこういいました。
「きつねどん、いいところにきてくれた。けさ食べたパセリでおなかをこわしてしまったので、いたくてしょうがない。わるいけどおいしゃさんをよんできてくれないだろうか、お願いだよ」
「なにをいっているんだ。はらいたくらいすぐなおるさ。じつはねすばらしい知らせをもったきたんだ」
きつねどんは懸命です。
「これからメドウスさんのところでパーティがあるんだ。むすめさんたちも、うさぎどんがこないとつまらないというのでおいらがよびにきたったわけさ」
「とても歩いてはいけないよ」
「おいらがだいて行ってやるよ。それならいいだろう」
きつねどんはにやりとしました。
「だけどおとされたら大けがをするからね。きつねどんの背中にのせていってくれないかなあ」
「いいとも、おやすい御用だよ。さあ」
きつねどんは背中をむけました。
けれども、うさぎどんにはきつねどんのたくらみがわかっていましたから、そのまま背中にのったりしません。
「くらがないとおしりがいたくなってしまう。それに、たづなもないととちゅうでふりおとされちゃう」
「なるほどそのとうりだ」
きつねどんはしかたなくくらとたづなを持ってきました。
「さあこれならいいだろう」
きつねどんは走りながらうさぎどんにたのみました。
「メドウスさんの家のちかくになったら、おりてくれよ。おしらがうさぎどんの馬がわりなんて思われたくないからね」
「うん、わかっているよ」
うさぎどんはそう言いながら、足にぎざぎさの金具をつけました。
メドウスさんの家にちかづいて、きつねどんがうさぎどんをおろそうとしたときです。
うさぎどんは金具で思い切り、きつねどんのわきばらをけりました。
おどろいたきつねどんはそのままどっどっと、メドウスさんの家の門の中まで走り込んでしまいました。
「はいどう、とまれ」
うさぎどんはぴょんととびおりると、きつねどんをさくにくくりつけてメドウスさんやむすめさんにむねをはっていいました。
「ほうら、きつねどんがまえから、馬がわりにのられていたことがこれでよくわかったでしょう」
この絵本の物語は、アメリカの1879年の当時のアメリカ南部で働く黒人たちの間で語り継がれた物語なんですねえ。
黒人のリーマスじいやが語るという形式で発表された一部の物語りですね。
弱いものが強いものを知恵とすばしこさでへこます痛快さは、イソップやフランスの「きつね物語り」にも共通するものがあります。
この1879年。チャイコフスキーモスクワ音楽院で上演、ガウディが登場し、エクトル・マロの「家なき児」、エジソンが発熱電球を発明した頃ですね。ベーベルの「婦人論」イプセンの「人形の家」など、女性の権利をめぐる議論がではじめた年でもあります。
しいたげられた黒人が子供にこういう読み聞かせをすることで我慢強く生活していったことを考えると、生きることはもう戦いですね。
絵本とはたんに優しき子供の読み物、寝物語だけなのではありませんね。
あと、私はこのうさぎどんときつねどんの絵が大好きです。
ネンツィオーネ氏というたぶんイタリア系の画家でしょうか。不思議の国のアリスばりのリアルではあるけれどもなんとも言えない表情で私たちを魅了してくれます。