たまに「あんな事もあったけど
こうして二人の子の母になれた」と
思い返す事はあっても
ちゃんと向き合うのは避けてきた過去
今がそのタイミングなのかな…と
自分なりに振り返ってみようと思います
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私にとっての当たり前だった
子供を産むこと
もちろん子供好きという理由もありますが
女として、助産師として
産めなかったとしたらそんな自分はダメ
そんな意識がありました
(当時は自覚してなかった)
なかなか妊娠しないことで
ダメな自分はより強固となり
希望はだんだん執着へと変わりました
二人目を妊娠することだけが
自分を満たす最高のご褒美と
それ以外に目を向けない私
ご褒美がもらえないことで
執着は更に強まっていきます
はじめはなんとなくだった思いが
執着に変わっていったもう一つの理由
欲しいのは子供ではなく
二人の子供の母という立場
そうなることで私は
いろんな事から解放されるからです
ひとりっ子だからワガママだと言われなくなる
兄弟はいた方がいい説をクリアできる
二人目まだ?のプレッシャーがなくなる
助産師として初産婦と経産婦、両者を経験し
仕事に活かせる
二人目の存在なくして手に入れられないもの
そう信じて疑いませんでした
ここから様々な気付きを与えてくれる
出来事が起こります
*****
【不妊病院に子供を連れて行くのはタブー】
そもそも禁止されていないので
連れていてもなんの問題もありません
そう思い込んでいたのは私自身であり
周囲からのプレッシャーに
申し訳ない気持ちを持ったのも
息子が騒がないよう神経をすり減らしたのも
「私にはひとり子供がいる」
優越感が潜んでいたのだと思います
優越感は周りの患者さんにとって
きっと不快だったに違いありません
それが不快な出来事として
自分に返ってきたのだと思うのです。
そして、息子が嘔吐した時
意識は周りにどう思われるかで
私は息子の体調なんて心配していません
それどころか、周囲の患者さんや看護師さんに
ひどい!ありえない!と責任転嫁しました
息子から見てひどい!ありえない!のは
そう、母であるこの私
二人目妊娠に躍起になっていた私に
長男はこう言いたかったのかもしれません
『お母さんは僕のお母さんじゃないの?』
待合室での冷たい視線や態度も
看護師さんの心無い言葉も
主人の他人事な様子も
全部私がそう見えた(感じた)だけで
それぞれが自分を守る事に一生懸命でした
他をフォローする余裕なんて
その時は持ち合わせていなかった
当時の私がそうなのと全く一緒です
世界で一番自分が不幸
確かにそう感じていました
感じる必要があったのはそこから
本当に大切なことに気づく為
周囲のいろんな人々は
敵役を全うしてくれたのでした
(続きます)

