大学の同窓会で東京へ | ”明日は何処へ”

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平成30年春に定年退職した初老の爺が、
豆柴タロウと伴に目を凝らし耳を澄ませて、
日本のいいとこ発見の風まかせ行脚。

 

多分15年振りくらいかな、再会

大学時代の某サークルの同窓会(OB・OG会)が母校であり、

参加してきました。

 

東京を離れ、仕事の関係でなかなかOBOG会に参加できなかったのですが、

今は自由の身、勇んで出かけました。

 

 

東京駅からは、中央線。

東海道新幹線の改札から、中央線のホームは端から端。

 

人の多さにびっくりしながら、

「僕はお上りさんではないですよ。一応生まれは東京なんですから。」

と心の中で叫びつつ進みました。

 

 

時間が早かったので、敢えて聖橋口の改札から外へ出て、

懐かしの風景を見てました。

 

高校生の時、デートで湯島の聖堂の境内を歩いたりして。

エッ(>_<)、デートでお寺・・・・・

 

確かに色気も可愛い気もないですね。

歴史好きの、超堅物の学生だったわけではないのですが。

(ちなみに、彼女も同じ高校の同じクラス)

 

 

神田川に架かる地下鉄丸の内線の鉄橋。

右は、中央線と総武線のホーム下り線。

 

 

まだありました、「穂高」

テーブルも柱も壁も木で、山小屋にいるような造りの喫茶店。

よくここで読書(授業をおさぼり)していたものです。

たまたま日曜日でお休みでしたが、玄関は40年前と変わらず。

嬉しくなりました。

 

 

御茶ノ水橋口の改札前は、そんなに変わっていないと思うのですが、

神田川の向こう側にある大学がみんな高層化していて、昔のゴチャゴチャした

面影はなくなっていました。

 

 

我が母校は、こちら、駿河台から神田方面

楽器店の多い通りでした。

 

 

母校も高層ビル化して、ビジネスビルみたいですね。

私が入学したころは、ちょうど学生運動の終わりのころで、

ロックアウトこそされていませんでしたが、立て看板に訳の分からない

檄文がペンキで書かれていた時代でした。

 

 

今日は、その最上階のホールで総会と懇親会。

現役生も参加してくれました。

 

OBOG会会長(2年先輩)あいさつ。

 

 

三省堂神田本店。

参考書はあまり買わなかったですが、山本周五郎の小説は新潮文庫本で全部読みました。

もちろん買ってです。

あとは、月刊誌・「山と渓谷」の立ち読み。

 

母校の学舎もそうですが、当時は高層ビルなんて新宿副都心と

霞が関ビルくらいなもんで、大学はせいぜい5,6階の建物でした。

 

 

総会、懇親会のあとは、同期とその前後の先輩・後輩と二次会へ。

60歳過ぎても、気分は、大学生。 ~ いいもんですね!

 

遠い方は北海道から。

タイから来たという後輩もいました。

 

久しぶりに楽しい一日でした。