すい臓がんの母と食べる普通の夕食 -6ページ目

すい臓がんの母と食べる普通の夕食

【がん患者向レシピ等一切ありません】
ただ母と日々食べる晩ごはんの画像と日記を淡々と記録。食べられるものを食べさせるという状況のため、治療の参考になるメニューとかはないです。

お母さん、乾杯しよう。晩ごはんも作ったよ。
今日はとことん飲むぞー!
病気が見つかって、先生から飲酒を禁止されて、別にそれまでも晩酌に缶チューハイ一本くらいしか飲んでなかったけどスッパリ止めたよね。手術後少しなら飲んでもいいですよって言われたけどほとんど飲まなかったよね。偉かったね。
先月退院して、帰ってきて3日目に「飲むか!」って意見が一致してちょっとだけビールを飲んだよね。久々のビールはどうですか?って尋ねたら「辛い!」。あー、スーパードライだからねぇ…じゃ今度は黒ラベルにするかねぇ、って言ったらニッコリしてたね。
今夜、お母さんは黒ラベル、ビール派ではない私は焼酎。乾杯!

一緒に食べると美味しいね!

私たちは度々、特に母が病気になってからその言葉をよく口にしました。
作ったごはんを誰かが美味しいと言ってくれる幸せ。
誰かが自分のためにごはんを作ってくれる幸せ。
同じごはんを食べて味覚を共有するのは愛情と幸せの共有に等しい。
膵臓がんの予後の厳しさ。永遠に続く気さえしていた私たちの食事もいつか終わる。しかもそれは恐らく決して遠い未来ではない。
その現実を突きつけられた時、私は、きっと母も、たった一人の家族にごはんを作って美味しいと言ってもらえること、そのささやかな喜びが如何にかけがえのないものかを痛感しました。

母は食べることが好きな人でした。
病院食が不味いと言って大半を残しました。
手術で胃の一部も取ったからか母の食事量はかなり減りました。
怪我の経過観察のために入院したはずなのに母はどんどん衰弱し、急激に病気が進行していることが判明。手すら動かしにくくなり、箸で摘むのもスプーンを口許まで上げるのも困難になってしまいました。
食べたくても食べられないもどかしさ、ストレス。本当に可哀想でした。

一緒に食べると美味しいね!

緊急入院中に外出許可をもらい、二人で行ったファミレスで久々に自由に食事を食べた時。ビックリするくらいたくさん食べていたなあ。
退院し、家で食事ができた時。食卓の座り慣れた場所で、気兼ねなく喋りながら、笑いながら。
誕生日。母の日。クリスマス。特に力を入れてごはんを作れば母はきちんと労って、褒めてくれました。普段のごはんも日々、美味しいね、どうやって作ったの?いつもすまないね…なんて言葉を添えてくれました。
勿論それも嬉しかったけどお母さん、私は食べてくれている姿を見られるのが、一緒に食事できるのがただただ嬉しかったんだよ。