母が旅立った日は眠っている母の隣で。
お疲れ様。よく頑張ったね。もう苦しい思いをしなくてよくなったんだね、よかったね。の、祝杯を。
翌日以降は仏壇に供えた缶ビールに乾杯してから。
お母さん好きなように飲み食いできてるかい?今日はこんなことをしたよ。○○さんに会ってお母さんの話をしたよ。の、報告を。
乾杯のあと、作った酒のつまみとごはんを食べます。
これまでは母が食べてくれそうなもの、母の好きなもの、母の体にいいもの、栄養価の高いもの、そればかり考えて作ってきました。
でも正直その必要がなくなればものすごくどうでもよくなって、お菓子と酒でもお腹は満たされて眠れるからいーじゃん、とか思いました。
とはいえ。
未だに私の掌には母の掌のぬくもりやしっとりした肌、柔らかい髪の感触が残っています。
寝息の音、匂い、旅立つ前々日の朝の最期のことば「おはよう」、同じ日に見せてくれたニッコリ笑顔、そのほかたくさんの記憶があります。
母と関わってきた方々には時々でいいから母を思い出してほしい、そしたらこれからもその方の中で母は生き続ける。そう願っています。
だとすると、私が母を思い出す限り私の中でも母は生きているわけで、私が食べるということは母も一緒に食べているということなのかな、と思いました。
母に作っていた時ほどは張り切って作ってはいません。それでもそこそこ食べられるものを作るようにはしています。
美味しいねえ、よく作るねぇこんな美味しいもの。
美味しいからこんなに食べてしまったよ!(笑)
美味しいけど全部食べたらなくなっちゃうから…また食べたいからもうやめとく…。
あんたが作ってくれるものだったら何でも美味しいから任せるよ。
こんなによくしてくれる娘がいてお母さん幸せだよ。
かつての母のそんな言葉が自然とまた聞こえるように、それなりに作っています。
今まで同様必ずいただきますを言って食べはじめ、そして必ず言うのです。
一緒に食べると美味しいね、と。