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NPO法人 はりま田舎暮らしの会

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12月10日(日) 晴れのち雨 

 

今週の猟果は、9日(土)10日(日)の2日間で猪3頭・鹿2頭の好成績でした。

猪三郎は先週に続いて、またもや猪をゲット! まさに猪三郎の面目躍如と云ったところです。

 

その猪がこれです・・・!可愛いですよ~!

小さくても猪1頭に間違いありません。

 

もう少し小さくても満面の笑みは横浜からのアイターン移住者のOさんです。

 

それもその筈、彼は今猟期初の参加で念願の猪をゲットしたのですから、大きいとか小さいとか

云っておられません。

 

後方では6人がかりで鹿の内臓を取り出して、川の水で冷やしています。

皮むき・骨外しは猟師小屋へ持ち帰って処理をします。

 

鹿の方はかなりの大物でした。射手はなんと!遠く、高知県から通って来ているKさんです。

何で高知県から? 地元に猟隊もあるでしょうにと聞くと、「あちこちの猟隊を知っていますが、雀のお宿の

居心地が1番!」との嬉しいご宣託でした。

雄鹿を前にしてのKさんです。

 

5本指を出してニッコリはお馴染みの最長老、伊丹市のNさんで、「どや!これで5頭目やで!」と、

申しております。

鹿は猟隊で今までに11頭を獲っていますので、11頭の内5頭とは立派なもんですよ!

 

写真にはありませんが、本日午前の部で郵便局長さんの「ソラ」「ナツ」2頭が協力して、

仔猪を咬み止めで仕留めましたので、人間が居なくても猪が獲れると云う事になりました。

これで猟隊としては6頭目の猪と云うことになります。(猪三郎は6頭の内、2頭で~す!)

 

今猟期はいつになく猪が多いシーズンになりそうで嬉しい限りです。

 

12月8日(金) 未明まで雨、のち薄曇り

 
今から76年も前の本日、大本営から打電された「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」を受けた
南雲中将の機動部隊はハワイ真珠湾へ向けて舵を取り、第一次航空攻撃隊の淵田中佐は全機に
「全軍突撃せよ」のト・ト・ト・・・のト連送を打電して、どう見ても勝ち目のない泥沼の太平洋戦争に突入して
しまったのです。
 
その後、淵田中佐は旗艦・空母赤城に有名な「トラ・トラ・トラ」を打電「我、奇襲ニ成功セリ」で
当時の日本は興奮のるつぼと化したのです。
(淵田中佐は敬虔なカトリック信者で、終戦後は伝道にその身を捧げたそうです)
 
猪三郎の生まれる4年前の出来事ですが、今や語られることは殆どありません。
 
こう書くと、猪三郎は如何にも軍国主義者で好戦的のように思われますが、そんなことはありません。
大正生まれの父の友人が海軍航空隊の零戦の搭乗員で特攻の生き残りだったそうで、
子供の頃から、戦争中の話はよく聞かされたのですが、特別攻撃隊の話は一度も
してくれませんでした。
猪三郎の祖父は日露戦争で旅順総攻撃第3軍に従軍して、乃木希典大将の閲兵を受けたことが
生涯の誇りで、目を輝かしながら、当時、小学生の猪三郎に何度も何度も旅順の話を聞かせてくれましたが
小学生に理解できる訳がありません。それでも聞き覚えで、「戦友」とか「水師営」とかの唄を鼻歌交じりで
口ずさんでいたのですから、なんという小学生だったことでしょう!
 
猪三郎が添乗員として、お客様をハワイ旅行にご案内したのが大阪万博の1年前ですから、
今から48年も昔の昭和44年の話です。
 
当時の海外旅行は、出発前に結団式を行い、帰国してからは写真交換会を開くのが、当たり前の
時代でした。
ハワイのガイドさんは派手なムゥムゥを着て、レイを掛けたスタイルが定番ですが、あの頃には
年配の日系二世の男性が数人いました。
 
又、観光スケジュールは、ホノルル空港から、パールハーバーが一望できる丘の展望台へ向かい
パイナップルのウエルカムランチでもてなしてくれました。
そして、あの日のことを自分が見て体験したことを交えながら、時には涙声で解説をしてくれるので
とても説得力がありました。
 
曰く、「あの時、日本海軍は何故?どうして第2次攻撃隊・第3次攻撃隊を発進しなかったのですか?
発進して残りの艦船を叩き、燃料タンクに1発の銃弾でも撃ちこんで大爆発を起こしていれば
その後の、ミッドウェイ海戦で大敗北を期することは無かったし、現代、ハワイ旅行にパスポートを
持って来ることはなかったのですよ・・・ 日本ハワイ県ホノルル市になっていたかもしれませんよ!
そして、真珠湾のあとに、私たち日系人が強制収容所へ連れていかれることはなかったのです・・・。」
 
あれから76年! まさに 「昭和は遠くなりにけり」 であります。
 
さて、平和の象徴みたいな「美少女・福ちゃん」ですが、益々元気で一回りも二回りも大きくなったように
思います。
四肢の筋肉もしっかりとして来て、走り方も先日までの仔犬ではなく若犬の雰囲気が出てきました。

 

この調子だと、猟期終盤には、山へ入れてみようかと思っています。

 
 

 

12月4日(月) 曇りのち雨

 
昨日は猪猟が終わってから、みんなで一緒に解体をしている時に、猪へ撃ち込んだ猪三郎のライフル弾が
出てきました。

 

右から左へ走っている猪に、撃ち込んだ弾が肩口の背骨に当たって、脊髄を破壊しての即倒でした。

写真の左側が背骨に当たって砕けた弾頭で、右側が新品の弾頭で口径は.243win・6㎜です。

 

弾頭のコアの鉛は砕け散ってしまい銅のカバーが変形して残りました。

元々、こうなるように設計されていて、貫通しない限り体内で固いものに当たればマッシュルームの形に

変形してバイタルゾーンを広げて殺傷能力を高めるように造られています。

 

今回のケースでも僅か直径6㎜の金属が背骨を砕き、脊髄にダメージを与えたので大きな猪も

1発で昇天した訳です。

 

さて、美少女の「福」ちゃんですが、オレンジ色のベストを着たおっさんたちが、入れ替わり、立ち替わりで

とても賑やかなので、興味津々です。

 

 

 

 

その内に、吊るされた鹿に恐る恐る近づき、匂いを取って早くも猟犬の片りんをを見せています。

吊られた鹿がグロいので、まさに「美女と野獣」であります。

 

 

12月3日(日) 晴れ 朝は氷点下・昼間はポカポカ陽気

 
このところ、鹿が獲れるだけの日々が続いております。
メンバーの顔つきにも焦りが見えてきました。猪を獲りたい!との思いです。
 
と、云っても先週の土日の猟果は鹿が3頭でした。それも三田市のKさんの独壇場で3頭共、Kさんが
仕留めました。今季4頭目のサインを出してご満悦です。
 
そして、昨日の土曜日の獲物は鹿1頭。 撃ち手は最長老Nさん、老いて益々盛んな猟欲で、この日も一番高い
マチ場に陣取ったお陰です。(まだまだ、足腰は達者です!口もですが・・・)
こちらも、負けじと4頭目をアピールしている伊丹市のNさんです。
 
 
 
さて、本日ですが、猪を狙って本命の猟場に行きました。犬は郵便局長さんの北海道犬「宙」と四国犬「夏」の
夫婦を投入しました。
「夏」は10月5日に7頭もの仔犬を出産したばかりで、少々お疲れですが山では張り切っています。
 
放犬してから暫くすると、勢子から「犬が猪を起こした!」との無線が入ってきますが、隣の山で起こした模様です。
キャン!キャン!と和犬特有の鳴き声が響きます。勢子の郵便局長さんが現在の山を一旦降りてから、
鳴き声のする山へと登り始めたのですが、間に合いませんでした!残念! 
しかし、帰ってきた犬たちは猪に切られた様子で、前足の付け根とお腹周りから血が出ています。
時間は充分にあったのですが、傷の手当てのために早仕舞いで切り上げました。
 
従って第2ラウンドは猪三郎犬の出番ですが、肝心の猪三郎の腰の具合が芳しくありません。
忌々しい「脊椎管狭窄症」の所為です。
猟師小屋でコーヒーをすすり乍ら、作戦会議をしていた時に、郵便局長さんが「ほなら、私が勢子をやりましょか?」と申し出がありました。
 
第1ラウンドが終わったばかりで、疲れているだろうに、心優しい申し出に恐縮しながらも甘えることにしました。
 
そんな訳で、使役犬は猪三郎の若犬「クマ」と、老犬ながらも猪にかけてはベテランの「クロ」を投入することにします。北海道犬の「姫」はこのところ、仔犬「福」ちゃんのベビーシッター役なので出猟する訳にはいきません。
 
と、云うのも、例の「福」ちゃんが我が家に来てからは、寂しいのか夜泣きがひどくて、完全に睡眠不足状態になりました。佐用町の夜は氷点下の寒さですから、戸外の犬小屋では、体温調整のできない仔犬は凍えてしまいます。
そこで、玄関の中に入れて毛布を引いて寝させるのですが、寒いのと寂しいので90分ごとにギャーギャア!と
悲鳴を上げられては、堪ったものではありません。
 
そりゃあそうですよね~・・・ つい先日までは、両親と7匹の兄弟と一緒になって遊び廻り、夜には身体を寄せ合って暖かく寝ていたのが、180度違った環境になった訳ですから・・・。
 
そこで、ウチの3頭の犬の内から、ベビーシッターを見つけることにしたのです。
13歳のクロは、歳なので自分のペースでゆっくりと暮らしたいので、仔犬がじゃれついてくるのが大嫌い。
 
若犬クマは好奇心があって遊び相手には良いのですが、夜の添い寝まではしてくれません。
 
北海道犬「姫」はクマを育てた経験からか、母性本能が戻ってきたのかピッタシ!です。
凍える夜には、乳飲み子に乳を飲ませるポーズでお腹に抱き寄せて暖かくして、朝まで静かに寝てくれるので
猪三郎の睡眠不足もすっかり解消しました。
 
そんな訳で、出猟できるのはクマとクロの2頭です。
郵便局長さんの勢子で放犬されました。
 
ものの10分もしない内に、勢子から「クマが啼いて猪を起こしたで! クロも付いたで~」と、嬉しい知らせが
無線機に入ってきます!
GPS携帯で犬の軌跡を見ると、猪を起こした場所から山奥へ向かって追走をしています。 猪三郎からは
700メーター程の遠くですが、暫くすると奥の方で方向転換をして、猪三郎の方に近づいて来ています。
 
このままだとマチより更に下を通るので、GPSを見ながら移動していると、バキッバキッと枯れ木を折る
音と共に、雑木林から猪が飛び出してきました!
雑木林の下は草原と云うか広っぱで障害物はありません。姿丸出しで走っています。
 
ライフルスコープで捉えて、肉の歩留まりが良いように、頭を狙って、ゆっくりと引き金を引きます。
んっ? 引き金が落ちません! しまった!安全装置を外していなかった!
 
ラッキーなことに、まだスコープの視界に入っています。 慎重に狙いを定めてパーンと1発!
乾いた銃声が谷間に響くと同時に、走っていた猪はドサッと崩れ落ちました。即倒です。
 
獲物に駆け寄る途中にクマが駆けつけて来ます。クロも遅れてやって来ました。2頭共、獲物に咬みついて
勝利に浸っているのですが、ヨシヨシと褒めてやって引き離しました。
引き離さないと、お互いが所有権を主張して、そのうち大喧嘩になってしまいます。
 
近くの猟友も駆けつけて、祝福の写真を撮ってくれました。
 
 
 
猪のこのポーズは、猟友のNさんの演出でドイツ式と云うらしいのです。
腹ばいに寝かせて、口の中に棒を入れて迫力を出しています。
 
猪の重さは、腸抜き(わたぬき)で50kgクラスだと思います。メタボなメスなので上質の肉が取れることでしょう。
 
と、いう訳で、猪三郎の獲物第1号は、クマ・クロのお手柄と勢子を代わってくれた郵便局長さんの
おかげで、立派な猪と云うことになりました! 猟隊では3頭目の猪です。
 
 
 

 

11月23日(祝) 晴れ北風寒し

 
やって来た新入り家族は真っ白な女の子で、名前は「福」ちゃんです。
福娘・幸福・福音・・・etc 福は良いことずくめです。
 
来年の猟期には。元気いっぱい山を駆け巡り、福を運んできてくれることでしょう。
 
 
 
10月5日に産まれて、50日齢を迎えるので、親離れをすることにしました。
母親は四国犬の「夏」・父親は北海道犬の「宙」です。夏は探索範囲が広くて、獲物についてふた山も三山も
追いかける洋犬なみにレンジが超広い犬です。一方、父親の宙は典型的な和犬で、勢子の足元を離れず
50mから100mの範囲の猟を得意とします。
従って、良いとこ取りの作為的ミックスにした訳です。
 
我が家では、先輩犬の「姫」・「クマ」・「クロ」に揉まれて立派な猪犬に育てたいものです。
実は、猪三郎の歳から考えてこれ以上の猟犬を飼うのは無理だと思い、今回も見送る予定でしたが、
「猟隊 雀のお宿」の勢子長が7匹もの仔犬を抱えているのを見て、せめて1匹でも引き取らないとと、
思った次第です。(福と一緒に、あと10年山へ入ったとして82歳! こりゃあ大変! しかし、逆に82歳まで
現役ハンターがやれるならば、こんな有難いことはありませんので、「福」と一緒に現役引退を目指そうかなと
考えています。)
来猟期には7兄弟犬の内、郵便局長さんの勢子長が2頭、猪三郎が1頭、横浜からのアイターンOさんが
1頭引き取ったので、7匹の内、4頭が揃って同じ猟場を競ることになるので、これはこれで、エキサイティングな狩猟が出来るかなと、楽しみにしています。
 
動画は、「福」と別れを惜しむ親たちと兄弟です・・・・( ;∀;)
 

 

 

家に連れて帰って、先輩犬からの洗礼を受けて固まっている「福ちゃん」です。

 

 

 

 

 

 

まぁ、自分の身一つが脊柱管狭窄症で思うように動けず往生しているのに、世話のかかる乳飲み子が増えたので、当分、この仔に忙殺されそうな、今日この頃であります。
 
しかし、飼った以上は責任がついて廻ります。
猟犬のしつけに、「おすわり」「お手」「おかわり」は全く必要ありません。
親方に従順で、猟友にはフレンドリーで、間違っても里犬にケンカを売ったり、鶏舎・牛舎に突入することのないように、躾を厳しくする必要があります。