長年、日曜昼の楽しみだった「パネルクイズアタック25」が46年の歴史に幕を閉じた
「NHKのど自慢」、「新婚さんいらっしゃい」、とともに昭和時代の香りを残す番組の消滅は残念
初めて知った頃は、まだ我が家は白黒テレビで、パネルで何をやってるんだかわからず、引っ越してカラーテレビになってから毎週見始めるようになった。
まだ幼稚園児だったから、問題の内容は分からず、色と音を楽しむだけ。
さて、その「アタック25」記念すべき最終回は録画して見たが、問題のレベルが通常とは違って、普段通りの視聴方法では、先読みも困難。
1問も答えられなかった。
後半になって、ようやく頭が「特別番組モード」になり
(/は私がボタンを押したタイミング)
「・・・・・秋の桜と書いて/ →「山口百恵!」 × (「秋桜(コスモス)」の科名を答える問題だった)
「円形の陶器を作る時に使用/ →「車へん!」 ○!!!
我ながら正解に驚いてしまった
常識的には「ろくろ(轆轤)」って答えるはずだが・・・
テレビ解答者も「車へん」と答えていたのに、さらに驚いた、かなりのマニアと察する。
最終回の問題、半端ない「ひねり」の連続だった。
最後のフィルム人物あて問題に、0秒の時点で「児玉清」と答えて不正解」(笑)
ありがとう、アタック25
さて、全く話は変わって
最近、ワクチン1回目・2回目という単語をニュースで聞くたびに、幼き日々を思い出すようになった
2回目のワクチン接種を無事終えて、解除前の”フライング”で申し訳ないが、ちょっと足を延ばしてみた。
現在の関山駅は移転
関山・二本木(信越本線・当時)で起こった、44年前の「事件」が脳裏に蘇り、
現地へ行きたくなっていた
当時の「事件」現場に到着
まだホームが残っていた
まだ幼稚園だった頃、家族旅行で初めて列車で新潟県へ行った時の事
「あさま」から普通列車(多分、交直流電車ではない)に乗り継ぎ、新潟県へ
私は初めての新潟県の鉄道乗車で「テンションMAX」状態
普段見られない景色や列車に、興奮が収まらず、長野を出たころから、ずっとはしゃいでいたらしい。
業を煮やした父親が、「せきやま」の発車間際に言い放った。
「言うことが聴けないなら、今から帰るぞ!、おばあちゃん家へは行かない」
そして、列車は逆方向に動き出し、当時、スイッチバック運転の概念が無かった私は「しゅん」となった。
これが「鉄道病」”ワクチン接種”1本目だった。
しかし、その後列車はまた方向転換し、無事に目的地へ向かって走り出し、私は再び騒ぎ始めたようだ。
1回だけでは、”接種”効果はまだ不十分。
そして、「にほんぎ」に到着し、また父親が打って出た。
「今度こそ帰るぞ、もう連れてこない」
再び列車はバックし、これは本気かと思った。
2本目の”ワクチン接種”で、すっかり私はおとなしくなってしまい、「MAX」は完全に消えて、その後の直江津までの景色や車内の記憶がない。
2連続の接種効果が表れた格好だった。
このからくりは、数年後、小学生になって道路地図を買ってもらい、駅が本線から飛び出した形になっていて、列車がバックしたのだと解釈。
地元で生まれ育った父親が、知り合いの運転士に頼んでバックさせたのと説はようやく消えた(政治家でも常識的にあり得ないか、しかし某遊園地の汽車をもう1周させてもらった・・・以下略)
(いろいろ時制が前後してすいません、旅行記は、平日なのでチビチビと書きます)