最近、槇原さんの歌をよく聞く。

きっかけは、まっちゃん作詞、槇原さん作曲の「チキンライス」を聞いてからなんだけど、
ほっこりする曲が多いのでいいね。

槇原さんのyoutubeにアップされた映像にコメントが多く載せられてるんだけど、
中には、「いじめられたときに、この曲で救われた」というコメントがあって、
そのコメントに対して、「私もそうでしたが、今は会社で元気にやってるからあなたも頑張って」みたいなコメントがあって

素敵じゃないすか。
それを見た俺もしみじみしたよ。

こんな素敵なつながりを創った槇原さんに感謝。

乱筆にて



今回大学院の授業で和訳が課題として出された。

そこでね、言葉は文化だと思った。

だって「Overlook」って単語あるでしょ。

同じ章の中で、
①見逃す
②予見する
って意味が出てくるんだよ。

日本語にすると、全く違う意味の単語だよね。でも、英語圏の人にとっては、一つの単語なわけで。違和感のない一つの単語なわけで。

そこで、overlookを理解するためには、使われ方、生活のあり方が深く関連してんだろうなと思った。

そこに、深く文化性を感じた五十嵐なのであった。


乱筆にて
大層なタイトルをつけてしまった。

まあ、アクセス数平均10の僕の日記なんて、お偉いさんには関係あるまい(笑)

学問て多々ありますが、みんなは自分がどんな学問を出たか考えたことがありますか?

もしくは、どんな立場から論じるか考えたことがありますか?

ある事象があったとして、

政治学は、各国、各地域の政治体制から考えてく。

法学は、事象を巡る法律から考えてく。

歴史学は、その事象や、起こった場所の歴史から考える。

経済学であれば経済的な体制から。

これが、論じる角度、視点の問題。

で、地理学はというと、地域から事象を捉える。





気付いた人もいると思うけど、地理学に関しては、視点を論じてないよね。

だって地域って、見る対象ですから。

だから、地理学って従来の細分化されてきた科学としては落第点かなと思うんだ。

ただね、現実に起こってる事象や問題って、一つの角度から証明されるものかな?

もっといえば、結果があっても、それは一つの要因から証明されるかな?

答えはノーで

現実世界の事象はさまざまな要因が複雑にからみあってるわけで。

それらを地域という枠組みの中で解明してくのが地理学、ないし地理だと思ってる。

だから、歴史も知らなきゃいけないし、経済のしくみや、法だってしらなきゃいけない。

それでこそ地域を、その事象を理解したことになるんだから。

地理学の先代にリッターって人がいるんだけど、リッターの言葉が好きなので、載せますね。うろ覚えなので違うこともあるかと思いますがご了承下さい。

「ある地域に問題があったとして、歴史学は、その歴史的見地からほんの一瞥をなげかけるに過ぎない。それに対して地理学はあらゆる角度から問をなげかける、そこに暮らす人にとって何が大切で、何を為すべきかを」


乱筆にて