「じょーじくん、“いたしゃ”って知ってるかい?」
「イタリア車の事ですか?」
約8年ほど前の、アタシと中学時代の恩師との会話です。
この1年後、私は痛車に乗るようになりました。
当時は、ホンダの軽自動車『トゥデイ』に乗っていたんですが、
“痛車”にすることを前提に、今の『WINDOM(ウィンダム)』に乗り換え、
わざわざ名古屋まで出向いて、痛車を作ったのでした。
痛車にしようと思った理由はただ一点。
『おもしろそうだから。』
実際におもしろかったですよ。
色々なヒトに注目もされるし、そのおかげで人気者にもなりました。
更に今では、大切なビジネスツールになってます。
独立したての頃は、お客様に気を遣ってあえて痛車で行かなかったり、
遠くに停めてお伺いすることもありました。
しかし、今はむしろ逆で、痛車で行くことがお客様にとって嬉しいみたいなんですね。
「初めて間近でみる」、「街で見たことはあるんだけどー」みたいなね。
ですから、アタシも嬉しいし、やって良かったと思ってます。
そんな痛車ですが、この度デザインを変更します。
まだデザインは作成中なので、確定じゃありませんが、たぶんこんな感じになります。
ボンネットやリアガラスも変更する予定です。
デザイナー曰く「“今風のデザイン”にした」とのこと。
アタシはデザインの流行り廃りは良くわかりません。
でも、よさげな感じに仕上がっているので、この方向でお願いしようと思います。
痛車には乗ってますが、あくまでも自分がおもしろければ、それでいいと思ってますので、
例えば、痛車の雑誌を買うとか、痛車のお友達・ネットワークがあるとかはありません。
痛車のテーマとなる作品も、アタシが好きな作品・キャラでいきます。
その辺の考え方というのは、
『ロリィタ・ファッション』に通ずるものがあるかも知れませんね。
ロリィタ服も毎年毎年新しいデザインの服が発表されてますが、
デザインに新しい・古いもなく、好きなものを着るという考え方。
そのデザイナーさんもぼやいてました。
「痛車のデザインも、ベースとなるクルマも金額がどんどん上がっている」
「他人に見せることが目的になっている」
アタシの場合は、その作品・キャラが好きだから、痛車にした。
でも、最近はそうじゃなく、他人に見てもらうために痛車にしたというのです。
もちろん、作品・キャラに対する「愛」もあるでしょうが、
二次的なものになっているのではないかと。
痛車のコンテストに出展したり、お金を掛けて宣伝素材にしたり。
聞くところによると、本当のイタリア車を痛車にするとか、
超高級車を痛車にするとか、もう個人の範疇・想像を超えてます。
そこにキャラの「愛」はあるのか?
なんてね。
出発点は、そこだったと思うんですよ。
でも、色々なヒトの思惑が渦巻いた結果、ズレが生じつつあるような・・・。
痛車の世界がどうなるかはアタシにとっちゃ知ったこっちゃありませんが、
ひとりの痛車ユーザーとしてね、どうかなと思った次第です。