場面緘黙に関してのアドバイスは、スモールステップで段階を踏んで治療していく、というようなものが多いように思います。あみの場合は、それはどうしても無理でした。


スモールステップというのは、クリアできそうな低いハードルを用意して超えさせることで、成功体験を積んで話すことができるようになる、というものだと私は解釈しています。


でも、あみの場合は当てはまりません。


まだ、場面緘黙も発達障害も判明していなかった、3歳頃から、臨床心理士さんなどによって、本人は遊戯療法、私はカウンセリングを受けてきましたが、判明した後も、スモールステップになる物事は、まったく見つかりませんでした。


あみが、改善を始めたのは、本当に突然。


いろいろな要素が絡み合い、ちょうどいいところに高低関係なく本人がどうしても超えたいハードルが現れて、なんとか自力で超えることができた、という感じです。


今年度の最大のハードルは、「校内の合唱コンクールでクラスの曲紹介をする」ということでした。


あみの学校の文化発表会は、合唱コンクールです。毎年、市内にある、有名なアーティストがコンサートをするようなホールで行われます。


『いのちの歌』のごくごく簡単な紹介文を自分で書き、その大きな舞台上の下手にセットされたピアノの前に立って、はっきりした声で発表することができました。


学校で私と一緒にいる時には、ボソボソと呟くようにしか話さないので、マイクがちゃんと拾ってくれるか心配していたのですが、ちゃんと発声しないと出ないような声で話していました。


感動です。


感染対策で、一学年ずつの生徒(といっても200人くらい)と保護者という少人数の観客でも、大きな舞台上でなにか言うなんて、場面緘黙でなくても緊張します。場面緘黙を例える時に、よく「場面緘黙出ない人でも、舞台の上で話すとなれば緊張して声が出にくくなるのと似ている」という表現をされますが、その更に上の緊張感というわけです。


終了後、会場を出ると、S先生、担任のY先生からだけでなく、小学校から一緒のクラスメイトのお母さんたちにも褒めてもらい、ご満悦。今までは褒められることは極端に苦手(恥ずかしい)だったのに、今回は本当に嬉しそうでした。


もちろん、その前には、本人も含め、先生方と綿密な打ち合わせをしました。


他のクラスでは、曲紹介の場面ではクラスメイトが並ぶ壇上中央の照明は消され、曲紹介をする生徒にだけスポットライトが当たるのですが、あみのクラスでは、中央の照明は消さずスポットライトも当てないことにしていただきました。


また、あみの振る舞いについては、


①予定通りの位置で予定通り曲紹介をする

②放送席に入って、そこのマイクで曲紹介をする

③総合司会の生徒による紹介だけにする


と、その日のあみの様子を見て、①→③と難易度を下げていくと決めていました。


それとは別に、支援級主任の先生が、

「これが卒業試験みたいなもんだな」

と仰っていたそうです。


曲紹介の担当になってから当日まで、ずっと、

「S先生が卒業試験って言ってた〜、」

と言っていましたが、プレッシャーは感じているものの、どこか満足気な様子が見えました。


「できるはず」と信じてもらえていると感じていたのでしょうか。先生のその言葉がちょうどいい負荷になっていたように思います。


しっかり打ち合わせをしてくださり、タイミングよくちょうどいい重さの負荷を与えてくださり、ありがたいことです。支援学級に求められる個別対応の理想的な形だと思います。


学習面では、学校の対応には恨みがありますが、担任(2年3年時の)、支援級主任の先生方の対応には、満足以上のものがあります。


ちなみに、私は、学校ではあみが蚊の鳴くような声で話す様子しか見たことがありません。三者面談の時、先生方のほうへ声が届かないので、中継していたら、

「さっきまで普通に雑談しとったやん」

関西系の訛りでS先生が指摘するので、びっくりしました。私がギリギリに着いたので、前の生徒が終わってから、しばらくS先生、Y先生ともう一人の先生との四人で、普通に話していたのだそうです。普段も教室で普通に話しているとのことでした。


どうも、私に対して、『学校では話せない自分』というキャラを脱ぐのが難しいみたいです。意味がわかりません。



合唱コンクールのすぐ後に、修学旅行がありました。本来は2泊3日なのですが、コロナの影響で1泊2日に短縮。それも、6月→9月→11月と二回の延期を経て、やっと実施されました。


2日目に自然体験があり、あみはカヌーを選びました。支援級の他のクラスメイトは別の体験を選んだので、引率のY先生はそちらへ行き、一人で別のバスで移動しました。


そのバスで、まったく面識のない生徒さんの隣に座ったのですが、とても話が弾んで、帰宅後にインスタのDMを経由してLINEの交換をしていました。(現代っ子はすごい)


先生方が、人当たりの良い子を隣にしてくださったのかもしれません。



また、もう一つ別の話。


あみの通うフリースクールでは、月に何度かクリエイティブサークルというイベントがあります。中等部、高等部に関わらず、誰でも無料で参加できます。


UVレジンなどのクラフトをしたり、翌月教室に貼るカレンダーの絵を描いたりします。


ある日、体験に来た小学生の女の子が、どうも自分と同じように話すのが難しそうだと思ったそうです。何度か話しかけてみたのですが、嫌そうではないものの、声は出ません。


「あーって思ったんだよね。オープンクエスチョンしかしてなかったって」


そこからは、YESorNOで答えられるクローズドクエスチョンに切り替えて、コミュニケーションできるようになったと言います。


うわぁ…


あみが、自分だったら答えやすい方法で話しかけたということだけど、「オープンクエスチョン」って…。どこでその言葉を覚えたのか聞いたら、

「うーん。ハハ(私のこと)が言ってたんじゃない?」

あみの前で使った記憶はないけど、言ったことがあったんだろうな。


それにしても、コミュニケーション能力が上がりまくり。


高校生ともお茶したりできるし。



これが、2年前まで、

「話せなくてもいい!ボクは困ってない!!」

と言い張っていたのと同じ娘とは思えない。


当時の私はものすごく焦り悩んでいたので、タイムスリップして自分と話せるとしたら、

「やれることを一つ一つよく考えてやっていたら、なんとかなるよ」

と言ってやりたい。


もし、今、うまく進まなくて悩んでいる保護者さんがいたら、

「本の通りにいかなくても、子供の様子をよく見て親子ともに無理のない範囲でいろいろ試すといいかも」

「成長は必ずしもスモールステップで進むとは限らない。水面下でじーっと力を蓄えているのかも」

などなどという話ができるといいなぁと思っています。



あみも、このまま右肩上がりとは限らず、高校へ進学したらまた新たな壁にぶつかって停滞あるいは後退、もっと酷いことになるかもしれないので、心構えだけはしておこうと思います。