夫の母に関する愚痴です。
そのおかげで、夫の実家にまつわるストレスは、今はありません。会いに行くことができないので、電話もかかってこないしLINEも来ません。
コロナ前は、月に2度は会いに行っていました。あみは8年ぶりの孫なので、初孫のようにかわいがってくれていて、「いつ来る?いつ来る?」と電話がかかってくるからです。あみもお祖母ちゃん大好きなので、連れて行きます。
緊急事態宣言が解除されたら、またそうなると思うと、少し憂鬱です。
義母と話をするのが苦痛で……
あみの状況について、私からは何も話さないようにしているのですが、可愛い孫のことなので、あれこれ聞いてきます。義母自身は何も質問してもいないと思っているので腹が立ちます。
私があちこち走り回って手を尽くし、食べ物にも気を遣っていることについて、
「あなたのところは一人だからやれるでいいわ」
「3人もいたらできない」
と、口癖のように言うので、聞くのがだんだんつらくなってきています。
やれるからやっているわけではないです。やらないとどうしようもないからやっているのです。発達障害にしても食物アレルギーにしても不登校にしても、もし子供が3人いたとしても、一人でもそういう子がいれば、できることはなんでもするしかありません。
「他の子もいるから」とアレルゲンのチェックを怠れば、命に関わります。パンやお菓子でも、他の子が食べられる物を皆が気兼ねなく食べるためにも、同じような物を用意してやりたいと思う気がするのです。自作しているのは、買うと高いからです。
発達障害の子が一人でもいれば、その子がなんとか成長して自立するまで、きちんと支えていく必要があります。「きょうだいがいるから自立の手伝いをしなくていい」というわけにもいかないでしょう。
Twitterなどでは、3人きょうだい全員発達障害とかきょうだい全員食物アレルギーとか、食物アレルギーのある子とない子、発達障害がある子とない子が混在しているなどという家庭がごろごろしているけれど、「きょうだいが多いから特別扱いはできない」なんて言っている人を見たことがありません。
障害児がいようがいまいが、思ったように手をかけられなかったとしても、それが子供の人数が多いせいにしている人を見たことがないんですよね。
義母は、義父と一緒に自営業をしていました。
「子供たちにはたいしたことはしてやれなかった」
というのが半分口癖のようになっているので、仕事もしないで好きなだけ子供に手をかけることができる私が羨ましいのかもしれません。
でも、言われたくないです。
必要もないのに手をかけすぎていると言われているようにも感じますし、仕事をしていないからできると言われているようにも感じます。仕事については、この状況では仕事ができないのであって、因果関係が反対です。
「子供3人いて、行事や参観日以外に学校へ何回行きました?そもそもそれ以外に学校へ行ったことありますか?行く必要がありました?」
「月に何度も病院へ連れて行く生活、わかります?」
「3人のうち一人でも障害のある子がいたとしてもその子にかける手を惜しむんですか?」
と言ってみたいです。いつか口から出てしまうかもしれません。近々言ってしまうかも。80代半ばの高齢者に、そんな酷いことを言ってはいけないとは思うのですが。
以前、
「あみちゃんみたいな子、昔はクラスにいたけど、特に困ってなかったけどね。どうして一緒じゃだめなんだろうね」
と、何度も言っていたことがありました。何故か学校が勝手に決めたと思っているので、学校に対して怒っていただけなのですが、あまりにもしつこいので、
「それで、その子たちは中学校を出てからどうしたかご存知ですか?社会に出ても普通に仕事をして生きていけたと思いますか?」
淡々とですが、言ってしまったことがあります。
すると、ハッとした顔をして、
「ああ、それはわからない。わからないわー」
と言って、それ以来、そのことは言わなくなりました。
だから、状況がわからないだけなんだとは思います。
私も障害のない子を育てたことも、2人以上の子供を育てたこともないので、その苦労はわかりません。わからないから、
「障害がない子だからいいけど、障害がある子は大変だよ」
なんて、とても言えません。
と言いつつ、義母に言われて不快に思うということは、「一人っ子でも私のほうが大変なんだ」と心の中では思っているということですよね。
常に、「それぞれの大変さがある。比べてもしかたがない」と心から思えたら、きっと心穏やかに過ごせるのでしょう。そういう人になれたらいいなぁ。