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Programming Music: W.A.Mozart / Overture to “IL SOGNO DI SCIPIONE”, K.126
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Programed by: Hummel Note
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DAW & Sequencer: Dorico Pro
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Sounds: NotePerformer
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Thumbnail images: Generated by Google AI
祝典劇『シピオーネの夢』について
祝典劇『シピオーネの夢』は、複数幕からなる本格的なオペラというよりも、貴族や王族の慶事を祝うために上演される「アツィオーネ・テアトラーレ(舞台行為)」または「祝典劇・セレナータ」と呼ばれる、1幕の小規模な音楽劇です。
1771年、15歳のモーツァルトは故郷ザルツブルクでこの作品を作曲しました。台本は当時の大御所ピエトロ・メタスタージオによるもので、古代ローマの政治家キケロの著作『国家論』に収められた「スキピオの夢」を題材にしています。
本来、この作品は当時のザルツブルク大司教であったジギスムント・フォン・シュラッテンバッハ伯の僧職就任50周年を祝う祭典(1772年1月予定)のために作曲されました。しかし、祭典の直前である1771年12月にシュラッテンバッハ大司教が急死してしまいます。
モーツァルトは急遽、後任の新大司教ヒエロニムス・コロレド伯の就任を祝う作品へと転用するため、終結部の「リチェンツァ(献辞)」の歌詞を書き換えました。
しかし、芸術に無関心で倹約家だったコロレド新大司教の下では大規模な祝賀行事は行われず、当時全曲が上演された形跡はありません。事実上の完全初演は、作曲から200年以上経った1979年のザルツブルク・モーツァルト週間まで待たなければなりませんでした。
レジェンド歌手が勢ぞろいした名盤
この初演時に録音されたのが、レオポルト・ハーガー指揮/ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の演奏(1979年1月録音)です。
当時、NHK-FMにて吉田秀和氏が足かけ数年(約4~7年間)にわたり、モーツァルトのほぼ全作品を年代順に解説・放送するという伝説的な企画があり、私はそこでこの録音を耳にしました。とてもワクワクしながら聴き入っていたのを覚えています。
なんといっても、ペーター・シュライアー(T:シピオーネ)、ルチア・ポップ(S:コスタンツァ)、エディタ・グルベローヴァ(S:フォルトゥーナ)、クラエス=ホーカン・アーンショー(T:プブリオ)、エディト・マティス(S:リチェンツァ)など、当時のグラモフォン・レーベルのスター歌手が勢ぞろいした演奏であり、モーツァルトのマイナー・オペラの魅力を再認識した瞬間でした。
登場人物
シピオーネ: 主人公。古代ローマの将軍(小スキピオ),テノール
コスタンツァ: 永遠、不変、信念(徳)を司る女神, ソプラノ
フォルトゥーナ: 運命、幸運、現世の利益を司る女神, ソプラノ
プブリオ: シピオーネの義理の祖父(大スキピオ),テノール
エミリオ: シピオーネの実父, テノール
リチェンツァ: 賛辞の擬人化(大司教への献辞を歌う), ソプラノ
あらすじ
物語は、将軍シピオーネが見た夢を描いた寓意劇です。
カルタゴ討伐のため北アフリカに滞在する彼は、宮殿でまどろむ中、夢の中で二人の女神に遭遇します。幸運の女神「フォルトゥーナ」と美徳の女神「コスタンツァ」は、彼に生涯の伴侶としてどちらか一方を選ぶよう迫りました。
迷うシピオーネの前に祖父と父の霊が現れ、現世の栄華の虚しさと、カルタゴを滅ぼすという彼の運命を告げます。再び女神たちに決断を迫られたシピオーネは、嵐のような Fortuna の誘惑を退け、永遠に変わらない価値を持つ Costanza(美徳)を選ぶと決心しました。
怒った Fortuna が嵐を起こし、その雷鳴でシピオーネは目を覚まします。全ては夢でしたが、彼は現実に感謝し、神々の祝福を感じるのでした。
劇的な起伏には乏しいものの、若きモーツァルトの管弦楽法の色彩感や、歌手に高度な技巧を要求する華やかなアリアの数々が聴きどころです。
序曲について
『シピオーネの夢』の序曲(Sinfonia)は、祝祭の幕開けにふさわしい、明るく輝かしいエネルギーに満ちた楽曲です。後にモーツァルト自身の手によって交響曲へと改作されたことでも知られています。
【楽器編成】フルート 2、オーボエ 2、ファゴット 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ、弦五部
【楽曲構成】楽曲は、華やかな第1部からメヌエット調のゆったりとした音楽の第2部へと続く2部構成で、第2部からそのまま途切れることなく第1景(シピオーネのレチタティーヴォ)へと接続されます。
モーツァルトは、この序曲を独立した演奏会用の交響曲として転用しました。この序曲の原曲はそのまま次の幕へ繋がってしまうため、単独で演奏できるように新たに独立した終楽章(Presto, K. 163)を作曲し、序曲の第1部・第2部(K. 161)の後にくっつけたのです。
この3楽章からなる交響曲は、ケッヘル番号「K. 141a(旧版では K. 161/163)」として分類され、旧全集の通し番号では「交響曲第50番」と呼ばれることもあります。15歳のモーツァルトが、式典用の実用音楽をいかにして自身のシンフォニーのレパートリーとして効率的に再利用したかがわかる興味深い実例です。
ただ、今回の私の制作では第2部のオリジナルのまま終わらせています。
