『ポントの王ミトリダーテ』作品解説
『ポントの王ミトリダーテ』(Mitridate, re di Ponto) K.87 (74a) は、1770年、モーツァルトが14歳の時に第1回イタリア旅行中に作曲された3幕のオペラ・セリア(正歌劇)です。
初演と大成功: 1770年12月26日にミラノのテアトロ・レージョ・ドゥカーレで初演されました。天才少年モーツァルトのイタリアでのデビュー作とも言える作品で、上演はなんと21回も繰り返されるほどの大成功を収めました。
原作: フランスの劇作家ジャン・ラシーヌの悲劇『ミトリダート』を元に、ヴィットーリオ・アメデオ・チーニャ=サンティがイタリア語の台本を作成しました。
当時、少年モーツァルトは歌手たちのわがままな要求(アリアの書き直しなど)に振り回されながらも、それを見事に跳ね除けて彼らの魅力を最大限に引き出す曲を書き上げ、ミラノの聴衆を熱狂させました。
オペラのあらすじ
舞台は紀元前63年、クリミア半島のニンファエウム。ローマ帝国と激しく対立していた実在のポントス王、ミトリダテス6世をモデルにしています。
【主な登場人物】
ミトリダーテ: ポントの王。ローマ帝国と戦っている。
アスパージア: 王の婚約者。
ファルナーチェ: 王の長男。野心家でローマ寄りの考えを持つ。
シファーレ: 王の次男。父に忠実。
第1幕:王の偽装死と恋の鞘当て
ローマ軍と交戦中のミトリダーテは、息子たちの忠誠心を試すため、自らが「戦死した」という嘘の報告を故郷に送ります。王の死を聞いた長男ファルナーチェは、権力を狙うだけでなく、以前から横恋慕していた父の婚約者アスパージアに強引に迫ります。 困り果てたアスパージアは次男シファーレに助けを求めますが、実はシファーレとアスパージアは密かに惹かれ合っていました。そこへ、死んだはずのミトリダーテ王が突然帰還し、息子たちの裏切り(特にファルナーチェの横暴)を知ることになります。
第2幕:露見する真実と王の怒り
アスパージアが本当に愛しているのは次男シファーレであること、さらに長男ファルナーチェが敵であるローマ軍と内通していることが王にバレてしまいます。激怒したミトリダーテは、アスパージアとファルナーチェを死刑にすると宣言します。シファーレはアスパージアと共に死ぬ覚悟を決めます。
第3幕:決戦と王の最期
ローマ軍が総攻撃を仕掛けてきます。ミトリダーテは出陣しますが、戦いの中で致命傷を負ってしまいます。一方、牢に捕らえられていたファルナーチェは後悔の念に駆られ、ローマ軍の船に火を放って寝返り、ポント軍のために戦います。 瀕死のミトリダーテは宮殿に運び込まれ、改心したファルナーチェを許し、アスパージアとシファーレの結婚を祝福して息を引き取ります。残された3人は、亡き王の意志を継いでローマへの徹底抗戦を誓うのでした。
序曲(シンフォニア)の解説
今回DTMで打ち込まれた序曲は、当時の典型的な「イタリア風序曲(シンフォニア)」の形式である「急ー緩ー急」の3つの楽章が切れ目なく演奏されるスタイルで書かれています。
14歳とは思えないほど堂々としたオーケストレーションで、初期のモーツァルトらしい生命力に溢れています。
第1部:Allegro(ニ長調・4/4拍子)
華やかで活気に満ちた、祝祭的な雰囲気の楽章です。
聴きどころ: 冒頭の輝かしい和音の打撃と、弦楽器によるトレモロ(細かく刻む音型)や急速なスケール(音階)の上下降。当時のオーケストラ(特にマンハイム楽派など)で流行していた、クレッシェンドや急激な強弱の対比(フォルテとピアノの切り替え)が多用されています。
第2部:Andante grazioso(イ長調・2/4拍子)
一転して、非常に優美で抒情的な緩徐楽章です。
聴きどころ: 弦楽器を中心に、歌うような美しいメロディが奏でられます。オペラ本編で繰り広げられる愛や葛藤のドラマを予感させるような、少し切なくも優しい表情を持っています。
第3部:Presto(ニ長調・3/8拍子)
再びテンポを上げ、軽快に駆け抜けるような終曲です。
聴きどころ: 舞曲風の軽やかなリズムで、オペラの幕開けに向けて一気に期待感を高めていきます。最後は力強い和音で締めくくられ、そのまま劇的な第1幕へと接続されます。
オーボエとホルン、そして弦楽器という古典派初期の小ぶりな編成ながら、非常に華やかでドラマチックな響きを持つこの序曲。完成した音源を聴き返す際、オペラの熱いストーリーを思い浮かべながら聴くと、また違った景色が見えてくるかもしれません。私は当時の演奏慣習に従ってティンパニを追加しています。
