【DTMクラシック】J.N.フンメル/ピアノ四重奏曲 ト長調『序奏とアレグロ』,Op.posth | クラシック音楽とお散歩写真のブログ

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「ピアノ四重奏曲 ト長調」は本当に完成作なのか?
~定説への疑問と独自の仮説~

 

今回使用したスコアはドブリンガーから出版されているものです

 

J.N.フンメル/ピアノ四重奏曲 ト長調『序奏とアレグロ』,Op.posth.4(WoO.6)

 

【DTM制作ノート】

Programed by Hummel Note
Daw&Sequencer:Dorico 6 pro
Sounds:Note Performer 5, GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA(Piano),

The score in the video is the playback screen of Dorico6. This is different from the original score.
Because I use it as a MIDI data input software and not for typing in sheet music, I place more emphasis on making the dynamics and tempo instructions sound as natural as possible, rather than composing exactly as written.



 

 

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今回は、フンメルが33歳頃(1811年頃)に書いたとされるピアノ四重奏曲 ト長調 Op. posth. 4を取り上げます 。この曲は、彼の死後1839年に遺作として出版されましたが、音楽史上、ある「構造的な謎」を秘めています 。

 

「なぜ、この四重奏曲は2楽章しか存在しないのか?」

 

 

この問いに対し、一般的な定説と、独自の2つの仮説を交えて考察します。

 

 

1. 定説:ヴィルトゥオーゾのための「序奏とアレグロ」

 

 

現在、音楽学の世界で最も有力な説は、この曲が最初から「序奏とアレグロ(Introduction & Allegro)」という2部構成の単一楽章として完結していた、というものです 。

 

 

19世紀前半、叙情的な序奏で聴衆を惹きつけ、技巧的な主部で圧倒するこの形式は非常に人気がありました 。事実、フンメルも「序奏と華麗なる大ロンド(Op. 126)」など、同様の構造を持つ作品を多く残しています 。

 

 

出版社が、死後に見つかったこの「2つのセクション」を、便宜上「ピアノ四重奏曲」という一般的な名称でカタログ化したため、「四重奏曲なのに楽章が足りない」という誤解が生まれた……というのが、教科書的な回答です 。
 

 

 

2. 構造的矛盾:それは本当に「序奏」なのか?

 

 

しかし、楽曲を詳細に分析すると、この定説には無視できない矛盾が浮かび上がります。

 

 

フンメルの他の「序奏付き作品」では、序奏は主部(ロンド等)へ切れ目なく(アタッカで)繋がり、調性も主部の同主調や平行調を取るのが通例です。しかし、本作の第1楽章(Andante cantabile)は、明確な3部形式で構成され、完全に終止符を打って終わっています。

 

 

これは「序奏」というよりも、独立した一つの「緩徐楽章」としての性格があまりに強いのです。ここから、私は別の可能性を考えています。
 

 

 

3. 仮説A:ベートーヴェン WoO 36-1 をモデルとした「緩・急・変奏曲」説

 

 

ここで注目したいのが、フンメルのライバルであり友人でもあったベートーヴェンの初期作品です 。

 

 

ベートーヴェンが14歳頃に書いたピアノ四重奏曲第1番 変ホ長調(WoO 36-1)は、当時の常識を覆す次のような構成を持っていました。

 

 

緩:Adagio assai

 

急:Allegro con spirito
変奏曲:Thema. Cantabile(主題と変奏)

 

本作(Op. posth. 4)の第1楽章(Andante cantabile)と第2楽章(Allegro con spirito)のテンポ設定と性格は、驚くほどこのベートーヴェンの初期傑作と一致します。

 

 

もしフンメルが、モーツァルトの邸宅で過ごした時期にこのベートーヴェンの初期作品に触れ、それをモデルとしていたならば、「幻の第3楽章:変奏曲」が存在した(あるいは構想されていた)可能性は極めて高いのではないでしょうか。
 

 

 

4. 仮説B:壮大な「ニ長調」多楽章構想の一部

 

 

もう一つの可能性は、このト長調の楽曲群自体が、より大規模な「ニ長調の四重奏曲」の中間楽章だったという説です。

 

 

第1楽章:アレグロ(ニ長調)※現在の第2楽章

 

第2楽章:アンダンテ・カンタービレ(ト長調=下属調)
第3楽章:ロンド(ニ長調)

 

第1楽章(ト長調)が下属調で完全に終止すること、そして現在の第2楽章が協奏曲並みの規模を持つことを考えると、これらは元々ニ長調の多楽章作品の中核として書かれたものの、何らかの理由で1811年以降に放置された……という推測が成り立ちます。
 

 

 

5. 出版社の「商業的もくろみ」

 

 

では、なぜこれが「序奏とアレグロ」として遺作出版されたのでしょうか?この作品が作曲されたのは1811年頃とされていますが、その後放置され、フンメルの死後に資料の中からこの充実した2つの楽章が発見されました。

 

 

出版社側からすれば、これを「未完の断片」として出すよりも、当時流行していた「序奏とアレグロ」という体裁をとって「完成された遺作」として出版した方が、確実に楽譜が売れるという「商業的なもくろみ」があったと推測できます(明確なエビデンスはありませんが、当時の出版事情を考えれば十分にあり得る話です)。当時流行していた「序奏とアレグロ」という体裁を整え、「完成された遺作」として出版した方が売れる、と踏んだのではないでしょうか。

 

 

古典的しっかりした構成と形式美、優美な旋律 と、超絶技巧が炸裂するアレグロ を持つこの曲は、たとえ未完であっても一級の価値があるものです。

 

 

 

フンメルのピアノ四重奏曲 Op. posth. 4は、単なる「2楽章の小品」 で終わらせたくありません。

 

 

それはベートーヴェン初期作品へのオマージュとして「変奏曲」を待っていたのか、あるいは壮大なニ長調ソナタの「胴体」だったのか。この美しい「未完のトルソー」に耳を傾けるとき、私たちは1811年のウィーンで華が開き始め、さらなる高みへのフンメルの野心を感じ取ることができるのです。

 

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