第34話 高校野球と日射病

 

応援団に入部して最初の出番となったのは、夏の高校野球茨城大会の第一回戦でした。

 

場所は土浦市にあった「土浦市営球場」です。

 

現在では改修して「J:COMスタジアム土浦」と名称も変わりました。

 

相手の学校は全く覚えていませんが、とにかく夏の暑い日だったということだけは記憶しています。

 

応援団の部員数は、私と親友の塚田を入れて総勢で10名くらいしかいませんでした。

 

下妻一校には当時はチアガールのような部活はなく、我が応援団が音頭を取って、吹奏楽部と一緒に生徒全員で応援をします。

 

 

球場に向かうバスには、応援団と吹奏楽部が一緒に相乗りして向かいました。

 

応援団の3年生から、1年から順番に何か歌えと無茶ぶりをされます。

 

塚田は当時から人気だった矢沢永吉のソロデビュー曲「アイ・ラブ・ユー、OK」を歌って場を盛り上げました。

 

そんな中、私が歌ったのは当時大ファンだった高田みづえの「硝子坂」でした。

 

高田みづえといえば、ご存じ若島津親方の奥さんです。

 

皆さんは知っているでしょうか?

 

「花の中三トリオ」と言われた山口百恵、森昌子、桜田淳子に対抗し「フレッシュ3人娘」という存在があったことを。

 

こちらは榊原郁恵、清水由貴子、高田みずえの3人の事を言いますが、これが全く定着せず1年で消滅してしまいました。

 

応援団長からは「キモイ歌、歌ってんじゃねえ!」と途中でツッコミが入りましたが、私は意に介せず最後までしっかり歌い切りました(笑)。

 

硝子坂/高田みづえ(オリジナルカラオケ) - YouTube

 

 

夏の野球場の観客席と言えば、今も昔も暑さは対して変わりません。

 

私たち応援団も相手の攻撃中は座って休憩したり、水分を補給したりと、暑さ対策はしていたのです。

 

しかし分厚く長い学ランを着て(長ランと言います)、頭はリーゼントなので帽子などはかぶれず、額にハチマキを巻いて応援します。

 

その状況の中で2時間も声を張り上げて応援していたら、体力的に無理がきていました。

 

その日は何とかやりぬいて、試合も何とか勝ちました。

 

ところが家にたどり着いた瞬間、私に猛烈なだるさと熱が襲ってきたのです。

 

完全な「日射病」でした。

 

真夏の熱い太陽とスタンドの熱気に、完全に私はノックアウトされていたのです。

 

その晩、母が私の部屋にやってきてこう言いました。

 

「応援団なんてやるからだ、こんなのがまた続いたら死ぬよ。」

 

下妻一校の野球部は決して弱いチームではありませんでしたが、この年は次の2回戦で敗退していたました。

 

しかしこの2年後、1人のビッグスターの出現によって我が下妻一校野球部は、大躍進を遂げることになるのです。

 

そのお話しは私が高校3年生になってからのことなので、しばらく後となります。

 

第35話「初めてのアルバイト」へつづく。

 

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