第28話 初めての海水浴
私が生まれて初めて海水浴へ行ったのは、中学2年生の夏休みの時でした。
どこでどういう話になったのかは覚えていませんが、父と母が一緒に海に行こうと言い出したのです。
すでに高校3年生と1年生になっていた兄達は、夏休みの間は畑仕事の手伝い以外はアルバイトに追われていました。
それぞれ自分が買いたい物があったらしく、アルバイトをしてお金を稼ぐのに必死でした。
そんなわけで、私だけがその海水浴に一緒に行くことになったのです。
父と母と3人だけでどこかへ行くということも初めてだったし、ましてや海に行けるということは私にとってはとても嬉しい出来事でした。
母は前日から私の好きなお稲荷さんを沢山作り、父も朝から上機嫌でした。
古い小さな軽自動車の前の席に父と母が座り、私は1人で後部座席に乗車します。
ウキウキ気分で家を出発して、わずか2Kmほど行ったところでした。
調子に乗ってスピードを出していた父が、左に大きく曲がる見通しの悪いカーブで、大きくラインオーバーしてしまったのです。
カーブを曲がった先には、何と大きなトラックがすぐ目の前にいました。
私は一瞬
「終わった・・・・」と本気で思いました。
ところが、反射神経の良い父がとっさに左ハンドルを切って、そのトラックをよけたのです。
「・・・あぶなかった。」
父が引きつった真顔でこう言っていたのを、今でもハッキリと覚えています。
楽しい旅行のはずが、一瞬で悲劇に変わることは往々にしてあるものです。
私たちは九死に一生を得て、それから父は全くスピードを出すこともなくゆっくりと車を運転していました。
私たちが行った海水浴場は、茨城県の「大竹海岸」というところです。
ここは茨城県の鉾田市にあって、少し北へ行くと有名な大洗海岸もあります。
当時は高速道路も発達していないので、すべて下道を通って行くため片道で2時間半くらいかかります。
それでも何とか大竹海岸に到着し、私の家には浮き輪すらないので、海の家で大きなボディボードみたいなものを借りました。
畑と田んぼの中で育った私は、海に入るということも初めての経験だったし、1人ではしゃいでいたのを思い出します。
後にも先にも両親と行った旅行と呼べるものは、このたった1回の海水浴だけでした。
第29話「アンコ椿は恋の花」へつづく。