第12話 姉の結婚
私の姉は、17歳で結婚をしました。
私は姉の7歳下なので、私がまだ10歳の小学校4年生の時です。
中学を卒業した姉は、15歳でローカルバスの車掌さんとしてバス会社に就職しました。
当時の田舎の路線バスは、乗車する時に機械から出てくる切符を取り、降りるときに車掌さんが精算するシステムでした。
そのため、バスには車掌さんが必要だったのです。
私も車掌さん姿の姉を一度だけ見に行ったことがありますが、なかなか制服が似合っていて、とても大人びて見えました。
上の兄貴3人が農業を嫌って都会や地方に就職するために家を出て行ったのに、姉は実家に残って農作業や母の手伝いをしながら会社に通いたいと、この地元のバス会社に就職したのです。
小学生の私から見ても、母親思いの良い姉でした。
あれは、姉が就職して1年くらい経った頃だと思います。
姉は16歳になっていましたが、世間的に見ればまだまだ子どもです。
そんな我が家にある日突然、背が高くて恰幅の良い男性が現れました。
パリッとしたスーツに身を包み、もみあげが濃くて長く、ギラついた目をしていた男性は、私にはただの怖いオッサンにしか見えませんでした。
その男性が何と両親の前でこう言ったのです。
「〇〇さんを私にください。」
その男性の名前は、坂田さんと言いました。
当然と言えば当然ですが、坂田さんは姉と同じバス会社の運転手をしていました。
15歳で入社してきた姉に一目惚れをし、一緒に勤務をするうちにお互い惹かれ合うようになったそうです。
そして1年くらいの交際期間を経て、結婚の申し込みにやってきたのでした。
坂田さんは、この時で確か35歳くらいだったと思います。
姉とは何と20歳近くも年が離れていました。
35歳なのにバツイチではなく、当然自分の子どもなどもいません。
この話を聞いた父と母は、そろってこう言っていました。
「16歳で結婚なんて、早すぎる。」
父と母の間に最初に出来た子どもが姉だったので、そう思うのも当然です。
まだ16歳の大事な娘を、こんな年の離れた男性にくれてやることなど到底できなかったのです。
一方的に断る父と母の横で涙ぐんでいる姉の姿を見て、私は複雑な心境になっていました。
しかし坂田さんはそれで諦めることはなく、それから何度も私の家を訪問していました。
いつも何かしらの菓子折りを持ってきて、姉の弟たちである私たちにもプレゼントを買ってきてくれたのです。
弟3人をこちらの味方に付けよう!作戦だったのかもしれません。
それからしばらしくして、どこでどう話がまとまったのか小学生の私にはさっぱりわかりませんでしたが、姉の結婚がいつの間にか承諾されていたのです。
後から聞いた話ですが、姉は坂田さんのことが本気で好きだからと、涙を流しながら父に訴えたそうです。
根負けした父が出した結論は、せめて17歳になるのを待ってからというものでした。
現在では女性は18歳にならないと結婚できないという法律が制定されましたが、この頃は親の承諾さえあれば16歳からOKでした。
どうせ結婚させるなら、16歳でも17歳でもいいだろと私は思っていましたが、せめてもの父の抵抗だったのかもしれません。
ああ~こんなに若くして姉はもう結婚してしまうのか、これが実録版「瀬戸の花嫁」だなと当時は思ったものです。
私たち幼い弟たちは、家の農家の手伝いぶちが1人減ることを嘆き悲しみ「行くな!」と泣いたものです。
結婚式は、筑波山のふもとにある筑波郡谷田部町という坂田さんの実家で行いました。
ここは現在では合併してつくば市となっていますが、あの松居直美さんの出身地でもあります。
結婚した当初の坂田さんの家は小さくてボロかったですが、姉の最初の子が生まれた頃に家を改築し、今では立派な家に住んでいます。
当時はバスの運転手が身内にいると、たまにバスに乗った時に偶然遭遇すると運賃がタダになるという役得がありました。
ただ頼りにしていた姉が突然家からいなくなったので、母は家事をしながらいつもどこか寂しそうに私の目には見えました。
第13話「運動会」へつづく。