【老境の簡潔】レントゲン:ピアノ五重奏曲 イ短調 作品100 | 室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の聴譜奏ノート

室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Julius Röntgen : Piano Quintet No.2 in a-minor, Op.100

 新年であろうとなかろうと、新しい一日は限られた人生の中の一つの日の始まりであり、ありがたみはあるのだが、特別ではないという感覚になっている。老人と若者との差異とは、あらゆる行動・行為に熱中できる意欲があるかないかがポイントかもしれない。
 若さというものはムダをムダと思わず、やりたいと思ったことに取り組み、突き進み、回避や諦めをしないという気持でいられることだ。老人がえてして無気力、無感動なのは、これまで過ごしてきた時間の中で、経験したことの味わいを知ってしまった、あるいはし飽きたことに加えて、人生の砂時計の残りの砂の量を見ながら、身辺のささやかな楽しみで満足しようとするからなのだ。

 

 数日前に読んだのは、終戦直後に出版されたある短編集にあった音楽に対する感覚の記述で、自分の感覚に似ていたので妙に嬉しく思った。以下引用。

《音楽が一体、人間の運命を左右出来るものかどうか、私は確言する事は出来ない。(…)いづれにしろ、私は音楽に対して敏感な人間であるかも知れない。無論、それは、私が厳正な意味での音楽家であるとか、音楽批評家であるとかいふ事ではない。言はば、私の感覚が、音楽に対して色彩に対するのと同じ様に敏感に影響されやすいたちだといった方がいいのかも知れない。さういふ意味では、私はたしかに音楽によって私の精神を左右されてゐるといへるであらう。》(北村小松『白猫別荘』から「手風琴」)

 

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 ユリウス・レントゲンまたはレントヘン(Julius Röntgen, 1855~1932)はドイツのライプツィヒ生まれ、両親とも音楽家だった。幼少時より音楽に対する特異な才能を示したため神童と呼ばれた。22歳の時にピアノ教師としての職を得るためにウィーンかアムステルダムのいずれかを選択することになったが、父親の関係先が多いアムステルダムを選んだ。彼は一生のほとんどをオランダで作曲家、ピアノ演奏家、教育者として過ごし、アムステルダム音楽院やコンセルトヘボウの設立に尽力した。1919年、64歳の時にオランダに帰化したので、オランダ語読みのレントヘンとも呼ばれている。(X線のレントゲン博士とは親戚らしい)
 彼の作曲の傾向としては、ロマン派時代のわかりやすさ、親しみやすさを受け継ぎ、あまりテーマをこね回すことよりもコンパクトにまとめ上げるほうを好んだように思える。
 

 

 このピアノ五重奏曲は1927年、彼の72歳の時に作曲された最晩年の作品となる。4楽章編成ながら、各楽章ともかなり短くまとめられている。余計な要素を極力取り除き、多弁を弄することなく、枯淡な味わいとなっていて、20世紀の室内楽としては親近感を覚える。

 楽譜は IMSLP に初版のピアノ・スコアとパート譜が収容されている。
Piano Quintet No.2, Op.100 (Röntgen, Julius)
出版社情報    Amsterdam: G. Alsbach & Co., n.d.
作曲年 1927  
出版年 1931

*参考Wikipedia:ユリウス・レントゲン


第1楽章:アンダンテ
Quintet for Piano and Strings in A Minor, Op. 100 (1927) : Andante

       Artists of the Royal Conservatory, Canada 

 ゆっくりとしたイ短調の4分の4拍子。弱音器をつけて執拗に反復されるヴィオラの音型が脳裏に刻まれるようだ。これは各小節の2拍目と4拍目に6連符(半拍の3連符を2回ずつ)が20小節にわたって計40回繰り返される。


 その底流の上に、テーマとしては寂しげな2つのヴァイオリンが綾なすように歌い交わす。


 第2主題も憂いを含んだ第1ヴァイオリンのメロディで、ピアノのアルペジオと共にどこか近代フランス風の響きがする。


第2楽章:アレグロ
Quintet for Piano and Strings in A Minor, Op. 100 (1927) : Allegro

       Artists of the Royal Conservatory, Canada 

 歯切れのいい決然としたスケルツォで、弦4部が足並みを揃えてピアノと対峙する。レントゲンは22歳年長のブラームスとの親交があり、彼の作風に影響を受けたことをうかがわせる点も多い。この楽章もブラームスのピアノ三重奏曲第1番のスケルツォ楽章を思い起こさせる。


 中間部のテーマは第1ヴァイオリンの提示を追いかけるようにチェロが復唱する。


第3楽章:レント・エ・メスト
Quintet for Piano and Strings in A Minor, Op. 100 (1927) : Lento e mesto

       Artists of the Royal Conservatory, Canada 

 「ゆっくりとそして悲しく」の表意記号。3分足らずの短い水彩スケッチ画のような一章。寂しい枯野を思わせる。


 過去の思い出を嘆くようなヴィオラの美しいソロにピアノのアルペジオが唱和する。


第4楽章:コン・モート・マ・ノン・トロッポ・アレグロ
Quintet for Piano and Strings in A Minor, Op. 100 (1927) : Con moto, ma non troppo allegro

       Artists of the Royal Conservatory, Canada 

 複雑な調性(♭6つの変ホ短調から変ト長調への変転)を経てハ長調からイ短調に移っていく。心の奥底に秘めた情熱的な叫びはブラームス譲りを感じさせる。


 最後の盛り上がりでやっとピアノ五重奏に見られるピアノの絢爛さが表われ出る。そして第3楽章を回顧して、第1楽章の冒頭へ戻り、ヴィオラの執拗な反復の中で曲を終える。


*参考ブログ記事:
(1)知られざるクラシック音楽の世界
ユリウス・レントヘン オランダの作曲家(2008.06.08)

(2)「音楽のレントゲン」を発掘する
佐原敦子ヴァイオリンソロリサイタル (2020.09.07)
 

 

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