【改造版】ロッシーニ:フルート四重奏曲 第1番 ト長調 | 室内楽の聴譜奏ノート

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室内楽の歴史の中で忘れられた曲、埋もれた曲を見つけるのが趣味で、聴いて、楽譜を探して、できれば奏く機会を持ちたいと思いつつメモしています。

Rossini : Flute Quartet No.1 G-major arranged from Sonate a quattro No.1 




 「オペラチックなカルテットが聞きたいなら、どうしてロッシーニじゃいけないの?」という声が聞こえた。確かに、ロマン派のイタリア・オペラ隆盛の立役者はロッシーニ (Gioachino Rossini, 1792-1868)である。室内楽曲としては良く知られた「弦楽のためのソナタ」6曲がある。これは彼が少年期12歳の1804年の作品だと言われているのが大きな驚きだった。曲の完成度から見ても、それならモーツァルトを上回る早熟の天才だったと言うことになる。19世紀半ば頃に書かれたフェティスの『音楽家総鑑』(*)の中にロッシーニの生涯についての詳しい記述があったので目を通してみたところ、この「12歳説」は何かの誤りであるかもしれないことがわかった。幼少の頃から器楽の才能を示していたのは確かだが、対位法や作曲技法を正式に学んだのは15歳の1807年にボローニャの音楽院に入ってからだった。しかし彼の習得力はめざましく、自ら進んでハイドンやモーツァルトの楽譜を熱心に研究し、「小さなドイツ人」(テデスキーノ Tedeschino)とあだ名されたことがあったという。翌1808年の8月には音楽院で自作のカンタータが演奏され、他に交響曲と弦楽のためのソナタが作られたという記述がある。

(*)Les Extraits de Fétis - Biographie des Musiciens classiques
ROSSINI (Gioachino)(仏語)
https://exfetis.blogspot.com/2021/05/rossini-gioachino.html
 

「弦楽のためのソナタ」を聴いて感じるのは、神童モーツァルトが16歳のときに書いた「弦楽のためのディヴェルティメント」3曲 (K.136~138)との親近性である。少年期のモーツァルトは研鑽のため、イタリアに3度も旅行し、イタリア伝統の室内ソナタの様式を学び取り、自作に反映させたのだが、一方でモーツァルトを研究した少年ロッシーニも逆輸入の形で「弦楽のためのソナタ」6曲を書き上げたとすれば非常に興味深い。

 この曲集の楽器編成は通常では珍しく、ヴィオラなしで、ヴァイオリン2、チェロ、コントラバスの4重奏になっている。一般的な弦楽四重奏曲ではないので、特にコントラバスがなかなか揃わない室内楽の会では楽しむ機会があまりない。英文のウィキペディアでロッシーニの項目に記載のある「弦楽のためのソナタ」の注釈を見ると、この曲集はロッシーニが名声を確立した30代の1825年頃に他人の手で普通の弦楽四重奏曲に書き直して出版されたのが最初だったという。その時はなぜか第3番を除外した5曲だった。ロッシーニ自身はその出版には乗り気ではなかったというが、そこそこの人気が得られたようだ。

IMSLP : Rossini ”5 Quatuors Concertants” 
https://imslp.org/wiki/5_Quatuors_Concertants_(Rossini%2C_Gioacchino)

 原曲の編成の楽譜が出版されたのは第二次大戦後で、往年のイ・ムジチ合奏団やネヴィル・マリナーのアカデミー室内合奏団の名演などがきっかけとなって一気に人気が高まり、親しまれるようになった。特に第1番は代表的な名曲と言える。一方で、先に出ていた弦四版は、基本的にチェロ⇒ヴィオラ、コントラバス⇒チェロに置き換えて編曲しているので、特にチェロは「何となく格下げになった気分」で、進んで取り上げようという気にはならない傾向がある。CDでもYoutubeでも弦四での演奏例はほとんど見られない。

 

 

 

 

 

 

 

 発想の転換で成功したのが、フルート四重奏版である。第1ヴァイオリンをフルートに切り替え、4つのパートのうち3つまでが原曲になかった譜面となったことで、新ジャンル改造版への挑戦という名分が成り立ったのだ。CDでもペーター・ルーカス・グラーフとカルミナQのメンバーでの演奏が、またYoutube でも古賀敦子さんのグループの演奏を始め広く取り上げられている。

Rossini: Sonata No 1 in G Major (from Sei Sonate a Quatro) 

                            Peter-Lukas Graf, Flute / Carmina Trio

 楽譜は独クンツェルマン(Kunzelmann)社版のほか、複数の出版社から出ている。下記のKMSA譜面倉庫ではパート譜を参照できる。
https://onedrive.live.com/?authkey=%21AHISkNtSGYXnlUY&id=2C898DB920FC5C30%218492&cid=2C898DB920FC5C30

KMSA - 室内楽譜面倉庫(別館:管+弦) https://goo.gl/ybXFQX



第1楽章:モデラート

 冒頭のモティーフが魅力的だ。さわやかな朝の印象がする。曲の構成は非常に単純明快で、主旋律のパートとそれに和声を合わせる他のパートに役割がはっきり区分されている。フルートの場合、ヴァイオリンよりもやや速く、軽妙に聞こえる。その曲が名曲になるか否かは、主旋律の力にかかっていると思う。
 

(原曲のチェロの部分)

 第2主題はヴィオラのテーマになる。これは原曲ではチェロのソロだったが、メロディ・ラインが微妙に異なっている。(これで乗っ取られ感はなくなる)

 

 次のテーマはフルートとヴァイオリンに交代で出る。原曲でヴァイオリン2人が交代で担当するよりも楽器の対比がはっきり現れるのが面白い。


第2楽章:アンダンテ
Rossini Quartet Nr.1 G major 2.+3.mov

                   Fl- Atsuko Koga古賀敦子  Vn- Z.Lerner, Va- A.Buschew, Vc- I.Khen
                   Flute Quartet Berlin

 変ホ長調、3/4拍子。イタリアン・セレナード風のしっとりとした感触。

 

 次に来るスキップするようなパッセージは、元々フルートのために書かれたと思えるくらいぴったりした響きがする。



第3楽章:ロンド、アレグロ
Sonata No. 1 in G Major: III. Allegro

 ト長調、6/8拍子のロンド形式。A+B1+B2+A+C1+C2+C3+A それぞれの区分でソロの担当が入れ替わる。楽譜を見て初めてこの出だしが弱起の曲だったことがわかる。裏から始まるにしては勢いがあるが、それもロッシーニの着想だろう。
 

 B1ではフルートが目まぐるしく動き回る。

 

 B2ではヴァイオリンがそれに負けじと速いパッセージを奏きまくる。まるで互いに「どんなもんだい!」と張り合っているような感じで痛快だ。

 

 C1では原曲ではコントラバスのソロに当たるが、ここではチェロがオクターヴ高い音域で出てくる。これでチェロは文句の言いようがなくなる。

 

 C2はヴィオラの出番になる。後半はチェロとの二重奏になる。

 

 C3はフルートの名人芸の仕上げになる。

 

 実は管楽四重奏(フルート、クラリネット、ホルン、ファゴット)の編成用にもこの曲が書き直されている。例えば第1番は1音低いヘ長調に移っているが、楽器の音域のためかも知れない。これはこれで聴いてみても面白い響きがする。やはりロッシーニは(モーツァルトに勝るとは言えないが)早熟の天才だったのだと思う。

Rossini Sonata no. 1 in F-major - Tel Aviv Wind Quintet