亡き父の
兄弟である叔父に
最後のお別れをしてきました。
幼なきころは
さほど似てなくとも
歳を重ねれば その顔に
親であり兄弟姉妹の深き血縁を
当たり前のように再認識させられます。
叔父も
亡き父に晩年はよく似てき
その姿に父を重ね見みていました ・・・
そんな叔父を送ることは
リアルな父の面影を辿る術を失うことであり
私にとっても二重の悲しさ淋しさでもありました。
芭蕉は
月日は百代の過客にして、
行き交ふ年もまた旅人なり。
船の上に生涯を浮かべ、
馬の口とらへて老いを迎ふる者は、
日々旅にして旅を栖(すみか)とす。
古人も多く旅に死せるあり、
予もいづれの年よりか、
片雲の風に誘はれて、
漂白の思ひやまず、
海浜にさすらへ ・・・
歳なのか ?
経験立場なのか ?
より身近かに想うようになりました。
人は
この世に生を受け
時間を旅する中において
その存在確認と自己主張に
一瞬の瞬きを許され
その生きた証を
DNAと家系家風へと
脈々と受け継がれてゆき
人の想い出や
情の温もりの中に生存し
この世に 確かに在ったことへの
意味と永遠の命を欲し生き長らえたいと ・・・
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