生れ落ちた瞬間から
人は、
・キリスト教では「原罪」をすでに受け継ぎもつと言う、
・お釈迦様は生まれること、「生」が「四苦」の一つと言う、
・無分別な子供のことを「餓鬼/ガキ」と書きしるし呼ぶ、
人は、
・過ちを何度も繰り返す愚かな面があり
・どれだけ手にしても欲は湯水の様に湧きあがり
・次々現れる、こころ試される誘惑にはほとほと弱く
・生れただけでは人になれず(精神的な事を指し)
経験・思考と訓練、見守りをへて次第に人/人間に
近づいて行けるのではないかと思えてしまいます。
人は、
・餓鬼/ガキ(育成への飢えを満たす)
・我鬼/ガキ(我だけの飢えが目的)
・餓鬼/ガキ(人の愛、温もりと思い出に飢える)
・人/人間 (経験と時間をへた後に人になる)そんな風な順に人は、
成長発育するともいえるのかも知れない。
・餓鬼/ガキ赤ちゃんや小児の頃は、
腹の「餓え」を満たし安全に成育するために、
つぶらな瞳、汚れ無き表情笑顔と柔らかな素肌、
これら備えた本能により、愛しさを誇示し確実に愛され、
より安全で健やかに周りからの育成を受ける能力をもつ。
・我鬼/ガキ自我の目覚め思春期、人間関係や社会人の頃は、
すべては己が中心で理解し見切った如くに思ったり、
社会の事も、人間関係も自身が自由にコントロールが
出来ると思いこむ錯覚に陥りやすく、
協調性を欠いたり、個性の意味も履き違えたりで
結局のところ「我」のことばかりの言動となってしまう。
・餓鬼/ガキ責任を持ちそれを達成する辺りからの壮年・晩年の頃は、
ふと立ち止まり振り返ると、時間の有限と期限を知り
生きるために自身が辿ってきた経過と
多くを犠牲と傷つけたものへの後悔と愚かさを悟り
「我」が支配した人生を思うと一抹の後悔と疑問を感じ、
「人」が「心」が集い触れ合う記憶と経験の
少なさを知りこれを取り戻すべき思いが去来し、
素直に「心」に「餓え」が在る事を悟り知る。
・人/人間(経験段階をへて人に)ようやく人として生きれる様になったこの時を
より長く・楽しく・愉快に人として生きるためにも
いま現在を精一杯大切に生きることが寛容では。
この餓鬼/ガキのまま
人生を終わることなく「人」となるために
・全身に愛情を受け
・人の道を説かれ
・教育を施され
・時間をかけ大人より見守りを受けて人にさせてもらったのではないだろうか、
人生を、
餓鬼/ガキではなく人として生きるなら、
・叶うことなら誰かのために
・叶うことなら良き道連れをえて ともに
・励ましあい
・助けあいともに人生を油断せず甘く見ず謙虚に、
真正面に向き合い大切に生きて行ければ
とてもステキなことに思えます。
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