ここ一週間前からロンドンは冬の装いへと空気を変えた。
僕がここで音楽をやれている幸せは噛み締めているのだが、いかんせん釈然としない。
今、僕の心は無になってしまった。これはどうしたものかと悩んでみるも結局は惰性的に過ぎて行く日常に飲まれている。
そして、ロンドンの人生を楽しむという国民性がさらに僕を解放しているため、締まって来ない。
別にもやもやもしていないし、悩んでもいないのだが、なぜかこの釈然としない感じはなんだろう。
これはあくまで推測だけど、ロンドンに慣れて来てしまった。
たぶんこれが一つの要因になっていそうである。
なんやかんや半年以上が経過した。恋は散り、新しい生活を始め、音楽は順調とは言えないまでも着々と進んでいる。
僕はその生活に慣れてきてしまった。
新しい事の発見や楽しみが少しずつ惰性的になってきてしまった。
これは、どうにも代え難い事実である事はたしかだ。
どうにかして脱出したいともがくも、足がもたついてうまく動けない。
今も相当に楽しい。しかし、何かが足りない。
でも、少しずつ見いだして行かなくてはならないんだよね。
高校生くらいから変わらないけど、僕の最後は笑って死ぬ事だ。
今、死んでしまったらちょっと笑えない気がする。
こんな底辺の生活で釈然としないまま死ぬ訳にはいかないから。
どうせなら、大きくなってからの方が良いに決まってる。安らかな笑みと家族に囲まれて死ぬ人生の目標。
こればっかりは譲れない。
しかしまあ、この釈然としない感じは僕だけに留まらず、ロンドンの友達達も少なからずいる。
どうやら秋、冬には人肌恋しく、さらには自分への疑問が訪れる季節をもつのがここロンドンみたいだ。
観光ではなく住んでみてわかった。
ここで負けたらおしまい。ここで腐ったらおしまい。
自問自答してみると、昔の日本人ってやっぱりすごかったんだろうなって思った。
この釈然としない感じ。
振り払うには爆発するぐらいのエネルギーが必要そうだ。