こんばんは
舐められないようにしよう。
なんて強く想う時期が私にもありました
舐められたら
自分の価値がなくなってしまう
価値が無くなるということは、
自分という存在が無くなってしまうような
とてつもない恐怖を感じ、
舐められることは
自分を否定されることを意味するもので、
その恐怖から逃れる為にや
その否定を否定として捉えないが為に、
舐められたらダメだ❗️
を強化していき、
私の場合は、
逆側に立つってことが、
人間だから
そりゃあ正直、極たまに、
自然とジワジワと湧いては来ましたが、
基本的にそのスタンスは無意味だと知れた。
逆側のスタンスとは、
舐められるのが嫌だから
舐める側に立つ
ってこと。
ある意味、
いじめの心理にも似通っているもの。
やられたくないから
やる。
といった歪な心とも言えますね。
でも、
様々な人々と出逢ってみて
よくよく観察をしてみて思うのは、
舐めてかかる人のほとんどは、
舐められたくない人
ってのが
大半を占めているってことが分かり、
どちらかと言えば、
役割や役職などに価値を置く人が多い。
(それは無意識にせよ、
舐められたらダメっていう自分の中の
内なる恐怖が役割や役職の牽引とも
なっていると言える。)
で、
その一方で、
他者を舐めるとか舐められないとかに
泰然としている人は、
いつも自然体であるってことを知れた。
泰然とした自然体の人は、
他者を舐めることも勿論しないだろうし、
他者から舐められたとしても、
あ〜そうですか
って飄々としている。
つまり、
そこに何の価値も
見出だしていないからこそ
そう生きていると言え、
そんな人はどこにどんな価値を
持っているのかに興味があって、
これまた細かに観察をしてみた
すると確実に分かったことは、
競争をしていない
って極々当たり前のこと
では、何故競争をしないのか?
競争をする必要がないから
じゃあ、
競争をしないとその人はいわゆる
負け組
ってやつに入るのか?
いや、
少なくとも
私の知っているそんな人たちは、
負け組
ではないよな〜。
うーむ
なんで???
でね。
そこで、
ハタ
と気づいたんですね
そもそも、
競争なんてするつもりもないんだから
勝ち負け
なんてものが優先順位じゃないってことに
淡々と、
キチンと自分の出来ることをやり、
幸せに生きている。
そう。
淡々と
キチンと自分の出来ることを
やり続けることの方が、
競争に四苦八苦するなんてよりも、
遥かに難しいことを教わりました
人は何故競争をするのだろう?
それは、
舐められなくないから。
誰に?
他者に?
いやいや多分違います。
きっと、自分に
だから、
競争を持ち出して
自分で自分を認められる
キッカケにしようとするんだけど、
その段階では、
ほとんどの場合、
競争には敗北する
何故ならば、
競争をすること事態が目的となるから
でも、
負けを認められないから
とことん疲弊するまで挑んじゃう。
挑んじゃうのは、
自分はちょっと置いておいて、
競争相手と競争するというテイで
お茶を濁しながら、
いつの間にか、
勝ち負け
でもなくなっているから、
当然、
負けることもない
何の為の競争なん?
つら
ほんと、つら
ある意味のこの
競争ゲームみたいなもの
この辛さが分かってから、
私は、
競争は結局は、
自分自身との戦いであり、
他者は全てがダミーとして表れているもの
に過ぎないって思うようになりました
とは言っても、
たまに他者を引き合いに出したりもする
自分がいたりもして
そんな時は、
他者の名前が口をついた瞬間に、
早目に自分の中に内なる声で、
コラっ❗️
めっ❗️❗️
ってし、
再度、自身の内部に目を向けさせます。
そうするとね。
他者比較
っていう
僕たちを悩ませる長年の習慣の
不毛で不快な辛さがね
随分と少なくなるものですよ
〇〇さんが
なんたらかんたらちんたらこんたら


なんて、
口癖のように
言ってらっしゃる方々は、
多分相当しんどいはず。
だって、
その全く不毛で無意味な
競争ゲームをしているからね。
だから、
そんな人は、
コラっ❗️
メッ❗️
をね
〇〇さんって、
口から出そうになった時に、
是非お試しあれ
効果はすぐに表れてくると思います。
では、
皆さまどうぞ、
素敵な週末をお過ごしくださいませ
メルマガ、明日お送りいたしますね
「ストレスコーピング」
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キャリアコンサルティング講座の
つむらけんじ

